第百一話 パエリア出座
押し込んだ敵が勢いを取り戻すのを、オマール族のパエリアは後方から見ていた。
これまでに二度、長き殻どもはマ族の集落を襲っている。一度目はパエリア配下のペペロンチーノによる探索と瀬踏みで、二度目はイセ族のフナモリ差配による群れでの突撃だ。そのどちらにも、パエリアは加わっていない。
パエリア自体がここまで出張って来たのは、これがはじめてだった。
もとより気が長い方ではない。ここまで我慢してきたのは、それが必要だと考えていたためだ。
愛してやるためには、相手のことを知ってやらねばならない。それはとてもとても、大事なことだった。
それがどのようなことに恐れを抱き、どのようなことを屈辱に感じ、どのようなことでこころを失うのか。
それらを知っていてこそ、屈服させる楽しみはいや増すのだ。
眼前の戦いを、パエリアは楽しく眺めていた。
様々なことを考えつく敵のようだ。単純な力では、長き殻どもの方が圧倒的に強い。数も多い。その不利を覆すため、彼らは知恵を絞り、地形や様々なものを用いて、パエリアたちの進撃を必死で食い止めているのだ。
そしてそれは、危うくはあるが成功しつつある。
パエリアは、楽しくて楽しくて、仕方がなかった。
もう一頭の長であるフナモリは、パエリアとは離れた場所で群れを差配している。群れを二つに分け、別動隊で集落を鋏討ちにする腹積もりであるようだ。あれはあれで、様々な群略を駆使し、楽しんでいるように見える。
だがその楽しみは、パエリアとはまったく別のものだ。
フナモリはパエリアを誤解している。パエリアは戦うことが好きなのではない。戦いに勝ち、相手を従わせることが好きなのだ。
マ族たちは健闘している。もしかすれば勝てるやもしれない。きっとそう思っている。
その思いを粉砕してやるのは、どれほど快いことだろう。
「エビチリ」
配下であるクロトラ族の大頭を呼び、指揮を任せる。そうしてから、ずる、ずると堅い脚を動かして地を這いずり進みはじめる。
それだけで水は大きく揺れ、波立ち、大量の砂が撒きあがる。
ボタン族が、クルマ族が、クロトラ族が。すべての種族が腹を伏せ、道を譲る。
丸い二つの眼を動かし、戦場をつぶさに見る。敵の中に殻持つものがいる。配下のクロトラよりも、クルマ族よりも大きな個体だ。
あれをやるか。そう思ったときだ。
視界の端に思いもよらぬものが過ぎった。八本足。マ族。だが、その身にクロトラ族の殻を纏っている。その模様には、とてもとても見覚えがある。パエリアは嗤った。
「見つけたぞ」




