第百話 戦舞
マリネはするすると高台を降りて来ると、身体中の装束を外しはじめる。高台の下にはマリネが長らく用いている槍と貝殻の甲が置かれていた。
ナムルは未だ迷っている。戦士ではなく、舞い手として生きてゆくことに決めたのだとは聞いている。ならば彼女がすべきことは、ここでオドリグイを舞い支えることだろう。
だが、ナムルは一頭でも欲しい戦士でもあるのだ。
「行きぃや、ナムル。あんたは、あんたのできることをやり」
その声は、意外なところから出た。ただ一頭、踊り続けているオドリグイだ。
「ですが、お姉さま」
「あんたら二頭が抜けたところで、どうってことない」
オドリグイが触手の先に力を込める。アカシは目を見開いた。
オドリグイの周囲の水が、小さく細かく、震えているように見える。その震えはオドリグイの触手に乗り、突き出され、踏み出されるそれに合わせて、震えを増し、長き殻どもとぶつかり合っている戦士たちのもとへと、水を通じて流れてゆくのだ。
これが。これが最高の舞い手の力か。
今ここで踊り尽くすこと。それこそが、オドリグイの使命なのだ。そしてオドリグイは、この高台に立ったときから、そのようにこころを決めている。
今迷いを見せているナムルがその脇で舞う資格があるのか。
オドリグイが、アカシが言うまでもなく、ナムルは己でそのことに気付いたようであった。
ナムルが高台を降りてくる。マリネは戦装束をすでに整えている。
ナムルは舞い装束のまま、槍だけを触手に取った。
「お姉さま、ご壮健で」
「あんたもがんばりや」
背を向けて、泳ぎ出した。高台の上に一礼をしたマリネがその後に続く。
オドリグイは視線を向けない。アカシだけが二頭を見送った。
「オドリグイ、頼む」
「任せとき」
アカシも槍を握り直すと、水中を泳ぎ飛んだ。ここから先、オドリグイはその命を削って舞い続けることになる。アカシは、それに応えねばならない。
泳ぐ先に、盾を崩して抜けてこようとする一頭のクルマ族を見つけた。
勢いのまま槍を突き出す。目と目の間を貫く。そのまま割くようにして穂先を跳ねあげた。衝撃に浮き上がったクルマ族は、そのまま坂を転げ落ちてゆく。
「敵は疲れているぞ。もう一押しだ。耐えよ」
声を張り上げる。あちらこちらから応、という声が上がる。
タツタアゲが戦士の隊列を入れ替え、クルマ族を追い落としている。ウスヅクリが棒で突き、払い、クルマ族同士をぶつかり合わせて、突撃を逸らしている。
最前線ではシメノ=ゾウスイが両断し、カニカマが叩き潰していた。




