第一話 マ族のアカシ
波が泡を凪いでいる。
水が泡立つほど波の強い珊瑚山の頂上で、マ族のアカシは眼下を睨んでいた。
流れゆく泡の隙間から、白い珊瑚山の裾野が見える。山の境からはごつごつとした岩壁が続いており、その奥には、海藻の森が広がっている。胴の下にある二つの瞳を、アカシはその森に向けていた。
マ族は八本の触手と、膨らんだ丸い胴体を持つ種族だ。八本の触手のうち二本を脚に、六本を手のように用いて活動する。波の強い山頂にいるアカシは三本の触手を触脚にして立っている。一本の触手が、四本持ちの大槍を握っていた。
四本持ちとは、四本の触手でようやく扱える重さの槍、という意味だ。この槍を、アカシは三本の触手で操る。アカシは、マ族の戦士だった。
「大頭」
後ろから、アカシより一回り小さく白っぽい体表のマ族が声を掛ける。アカシの身体はどの戦士よりも大きい。大抵のマ族は、アカシより胴体半分、小さかった。
「タコワサか。東はどうだった」
「見当たりません。もしや、偶然の遭遇であったのでは」
「それはない」
アカシが泡の薄い方向を指し示した。触手の先には、ほとんど隙間なく海藻の詰まった深い森がある。マ族ら柔らかき身体と触手を持つものどもの主な棲みかは岩場か砂地で、森は別の生き物たちの棲まう地だ。
「見よ。森が、あの場所まで伸びて来ている。何ものかが隠れ棲むには、絶好であろう」
「ではやはり」
アカシは頷きを返した。
一うねり前。同じ八本脚を持つミズ族の集落で、異変が起こった。
ミズ族の集落はマ族の集落に隣接している。マ族やミズ族のような、柔らかな体表と八本の触手を持つ種族は、まとめて柔らかきものども、とも呼ばれる。先祖をたどればおそらくは同じか近しいものであり、その生き方やものの考え方、捉え方も近いものがある。隣り合う場所に集落を築く二つの種族は、今やほぼ一つの共同体として生活を営んでいる。
そのミズ族の集落で、奇妙なともがらが発見された。
発見したのは干狩り作業に出ていた両種族の族民たちだ。彼らが貝や小魚を漁っていたその砂浜に、それは埋もれ隠れていたのだという。
族民の砂掘りが固いものに突き立ったと思った瞬間、砂が巻き上がり、地中よりそれは飛び出した。そうして、はさみのようなもので一頭の族民を捕らえると、そのまま後ろへ、とてつもない速度で逃げ去っていったのだという。連れ去られた族民は、いまだに行方知れずだ。
その知らせを受け、探索のためにマ族が兵を出すことになったのだった。