魔王のマ!その4!
修正入りました
「そこのテイマー、止まれ」
にこにこしながら近づいたけど、警備のお兄さんに止められてしまった。幾分か槍が近すぎると思う。そんな危ないやつに見えるだろうか?
「…村に入りたいんですけど、駄目ですか?」
今の恰好は土がついたジーパンに所々切れて汚れているTシャツ、極めつけは肩にブループルーだ。ギリギリまだ大丈夫な範囲だと思いたい。
「その肩のやつ、ブルプルーじゃないのか?大丈夫か?」
どうやら、槍が近いと思ったらジルへと向けている物らしい。なんかいらっとする。
「大丈夫ですよ、暴れたりはしません。なんてったって相棒ですから」
胸を張りジルを撫でながらながらそう答えた。嘘はついてない、ホントにそう思うのだ。
警備のお兄さんは怪しげな表情をして、問題が無いのかしぶしぶと槍を下げた。テイマーって言ってたし、モンスターを従える人はいるのかな?
「ところで、ここはなんていう名前の村ですか?」
「…リーゼンだ」
よっぽど怪しいのか、さっきからジロジロ身体全体を舐めまわすように見てくる。俺にそんな趣味は無いぞ。お兄さん。
「リーゼンですか、いい名前ですね!では」
尻を抑えながら足早に門をくぐる。振り返るとそんな俺を、まだあの目でじぃーっと見ていた。危険人物リストNo1だな暫定で。
門を抜けて周りをグルリと見回すと、武器屋、防具屋、宿屋、道具屋などが目立った。他は木や石で出来たりしている家。帯剣して鎧を装備している人や、何やら作業をしている人など、まさに日本じゃ考えられないな。
まずは宿に行って、1泊どれくらいなのか聞いてこなくちゃな。その他にも色々することがてんこ盛りだ。
(しまった、金どうしよう…なにかを売るか…?)
野宿で使えそうなやつとか、テントとか飯とか食ったり買ったりしようと思ったのだが、重要な金を見落としていた。第一この世界の通貨を見たこともない。
(金を稼ぐとしたら…この世界ならなにか冒険者に対して、依頼を斡旋してくれる場所がありそうなもんだけど)
まさに異世界!みたいな所なんだ、それくらいはあっても困らないだろう。もしないなら違う形で稼げばいい話だ。その時はその時に考えよう。
「あの、すみません。一番安い宿はどこですか?」
通りすがりの女の人に聞く、いや、下心はないよ?てか美人が多すぎて、ついつい目で追っちゃうんだよね。何だこの世界最高。
「ひっ…」
女の人は怯えながら、向いている方とは反対側を指さす。これは顔のせいじゃない、きっと肩にジルがいるからだ。そうに違いない、うん。
「…ありがとうございます」
こういったことには慣れているつもりだけど、それでもくるものがある。礼を言うと女の人は、今まで来た道を引き返して行ってしまった。難しいかなぁ…。
示してくれた道を歩きながら周りをきょろきょろしていると、どうやら門の所よりも若干武器屋や、防具屋などが増えてきた気がする。ついでにと、美人なお姉さんをちらちらと見ているとジルが目を塞いできた。
「っこらジル、前が見えないだろうが」
小声で話しながらゼリーを退かすと、既にお姉さんは居なくなっていた。ジルめ、やってくれるわ、これは後で核をこしょこしょの刑だな。そうこうしている間にそれらしき宿が見えてきた。結構距離あると思うけど目でもよくなったのかな…。そこは木で出来た、まぁ、正直に言うとぼろっちぃ宿だ。安い、って条件だからしかたないだろう。
「ごめんくださーい」
ドアを引いて中に入ると汚れが目立つ、という事は無くしっかりと掃除されているようだ。
「やぁ、うわ汚いね君。で、何日だい?」
き、汚い…そりゃ俺も思うけどストレート過ぎるだろ。現れたのは茶色の髪を大雑把に後ろでまとめた、スレンダーだが出るとこは出ている、俗に言う美人な女将だ。
「いえ、1泊いくらかと聞きに」
すると安心した顔を見せ、少し考えると沈んだ顔になった。なんだと言うんだまったく、失礼だぞ俺に!考えを読むと聞きに来ただけと思い安心して、聞いたという事は泊まりに来るだろうと予想して沈んだ。こんなとこだろうか。
「一泊鉄貨2枚だよ」
鉄貨っていうのは通貨だろう。2枚あれば休めるか…さて、本題だ。
「あの…酒場ってどこにあります?」
酒場ならいろんな人が出入りするだろうから、斡旋所みたいな所も見つかるだろう。直接聞かないのは、常識的な事を聞くなんて俺には出来ません恥ずかしいです。
「…酒場ならここを出てから左に進めば見えてくるはずだよ」
長く会話したくないのか、言葉は刺々しくもはや視線は何処へやらだ。しょうがない、出ていくか。
「そうですか、ありがとうございます。では」
そんな態度が勘に触ったのか、ジルがおもむろにゼリーを伸ばす。ったく暴れないんじゃなかったのかよ。そんなジルを宥めながら背を向ける、幸いゼリーを伸ばしたのは見えてなかったようだ。
外に出ると言われた通り左に進んでいく、やっぱり美人多いよなぁ。美人しかいないんじゃないかと疑うレベルだ。わかった、わかったからもう見ないよだからゼリーを仕舞ってくれ。
どうやらここらしい、思ったほど荒れてないのかな。喧騒は聞こえてくるけど、暴れていると言うほどでもない。Tシャツの埃をぱんぱんと叩くと酒場に入って行った。
入った瞬間ほとんどの人がチラリと見てくるが、ジルもいるせいか中々視線が外れない。席に着き一息入れると、ジルが肩からテーブルに飛び乗り目の前まで移動してくる。遊んでやるか。ジルを撫で、腕をゼリーの中に入れながらかき回したり遊んでいると時折核を掠める。するとビクンとゼリーが跳ねる。面白くて狙っていると、前のテーブルに座った3人がそれらしき話をしているのを聞いた。曰く、ここからさらに左側に行ったところにそれはあるらしい。曰く、ここまで遠いのでどうにかならないのか。など、愚痴が大半だった。聞きたいことも聞けたのでジルを肩に乗せ、早々に出口に向かう、すると
「おーうにいちゃん、何も飲まないで出て行く気かい?」
奥で洗い物をしている、ガタイの良さそうなおっちゃんが話しかけてきた。冷やかしだとは思うが、そのまま見逃してくれよおっちゃん。こちとら無一文だぞ。
「聞きたい事は聞けたんでね」
目的を話すとおっちゃんが驚いたような顔で、「こっちにこい」と手を引かれ奥へと連れて行かれた。お、俺が何をした…?奥で、もっとガタイの良さそうな兄さんとかが居たら全力で逃げよう。
木で出来た廊下を少し歩くと、おっちゃんはこちらへ振り返り一言。
「お前、ランクは?」
らんく?なんのことだろう。俺が首をかしげながら、うんうん唸っていると痺れを切らしたかおっちゃんが
「だからランク!まさかおめー名無しか?」
名無し?俺には斎藤浩太という立派な名前があるぞ!それでも答えない俺を見て、おっちゃんの顔が怪しくなった。
「…どこからきた…?」
これは流石に答えなければまずいだろう。どうするか…日本からってのもおかしいし、うーむ…
「ひ、東のうんと東の村…」
これはキツイ言い訳か…?言ってなんだが俺でもコイツ何言ってんだと思う。おっちゃんの顔を伺うと、そうでもなかったかのような表情をしていた。どうやらこのおっちゃん、ちょろい人の様だ。
「そうか、苦労してきたんだな…」
そう言うと俺の服装を見てきた。なるほど、それで…まぁあまり汚いままは嫌だけど、これは嬉しい誤算だな。この際思いきって聞いてみる。
「さっきのランクと名無しってどういう意味ですか?」
するとおっちゃんは顔を引き締めて、訝しげにこちらを見てきた。が、なにを思ったのか優しそうな顔に戻って説明をしてくれた。
「ランクってーのは冒険者に与えられた信用度、強さ、とかを総合評価したようなもんだ。下から銅、青銅、鉄、鋼鉄、銀、金、白銀、白金と上に上がるにつれて豪華になっていく目安、みたいなもんだ。名無しってーのは冒険者じゃないやつ、ギルド紋章がないやつの事だ」
そう言っておっちゃんが腕をまくると、二の腕の所に何やら刺青みたいなものがあった。これがギルド紋章ってやつなのかな。それは複雑に入り組んでいて、唯一分かるのが剣を×みたいにしているモノだけだ。にしてもランクねぇ…もちろん上に行くにつれて、報酬も豪華になるんだろう。こりゃ目指すしかないな。
「ほえー、どうもありがとうございます。それで、どうしてここに?」
こんなことを言う為なら、カウンターの所でも良かっただろうに。他に本題があるんだろう。
「そうだそうだ、お前さん冒険者じゃないんだろう?なのに情報を集めていたと、それが聞きたかったんだ」
別におかしいことでもないんじゃ?ゲームでも町に着いたら情報集めが常だろ?
「別におかしいことでもないんじゃないですか?」
「いや、そうでもねぇ…大抵の冒険者は鋼鉄に上がってから情報の大切さを知る。それまでは強敵も少なく力押しでもなんとかなるからな。それなのにお前さんは、冒険者でもないのに情報を集めていた。」
いや、おかしいだろ…情報なんてあれば有利に進むのに。例えば敵の弱点、ブルプルーの弱点が核だと知らなかったら、永遠とゼリーを切る羽目になるかもしれない。もし弱点を知っていたら無駄な体力を使わずに、早めに戦闘が終わるかもしれない。これほどノーリスクハイリターンなものはそうそうないだろ。
その有無を伝えるとさらに驚いた顔になって、肩を掴んできた。おいあぶないぞおっちゃん、そっちはジルが、と思ったら要らぬお節介だったようだ。ジルがぴょんと頭に乗ってきた。
「あんたマジで何者だ?冒険者でもないのに情報の大切さを知っている…」
これはちょっとまずい流れか…?なにか言い訳を…
「お、親父が冒険者だったもんで、言い聞かされてきたんですよ」
これは完璧だろう、もうポーカーフェイスの浩太と呼ばれてもいいくらいだな。やはり完璧だったのだろう、それなら…と納得しおっちゃんが肩から手を離した。
「じゃあなにか、冒険者になる途中に寄ったのか?なら俺が紹介状を書いてやろう。親父さんが冒険者だったなら鉄くらいまでは平気だな」
お、一気に鉄ですか。運がいいな。にしてもこのおっちゃんも冒険者なのかー、紹介状が書けるってくらいだから相当上のランクなのだろうか。
「ありがとうございます。それではまた」
書き終わった紹介状を受け取る。ボロが出ないうちにさっさと退散しよう。
「おう、今度はなにか飲んで行けよな!うちのエールは最高だぞ!」
肩をバンバンと叩きながら宣伝をしてくる。紹介状も貰ったんだしそれくらいはいいか、でも俺未成年だぞ…ま、細かい事は気にしないでもいいかな!進めてくるという事はそういう規則もないんだろう。
「はい、では!」
当たり障りなく廊下から店に出ると客が一斉に振り返った。こっわ…なんだろ…。こういう時は、堂々としてないと負けた気になる。やっと出口に着き、ドアを開けようとしたら後ろから声がかかった。なんだよもう…時間がねーんだってば。
「にいちゃんそんなぼろっちい服で来るとこじゃないぜ?ここは」
だから今!出ていく所だったんだろうが!おっちゃんと同じことすんな!あぁーいらっとする。おんなじ事を2回されるの嫌いなんだよな。
「だから今出て行くところだったんだよ」
少し言葉に棘が混じるけどしかたないよね。俺のそんな態度が気に入らないのか、さらに突っかかってくる。
「酒も飲めねェお子様は帰ってママにミルクでもねだるんだな!」
そう大声で叫ぶとガハハハハと嗤う。一々イライラとさせてくれるお人だな。コロッちまうぞ。そう思いながら鉱石とは反対側のポケットにあるノキアの小瓶を右手で握る。
「そういうおじさんこそ、安酒ばかり飲んで貧乏なんですか?」
振り返り、そう言い放つ。同時に小瓶の栓も抜いておく。さぁ、こいよ、俺はいつでもいいぜぇ。こういった類は相手にした事はないが、沸点が低そうだと踏んでの行動だ。怒りで突っ込んできてくれれば対応もしやすい。
「…っの…言わせておけば…!」
ほぉら立ち上がった。まったく…カルシウム足りてんのか?あぁ、ミルク飲まないから足りねーのか。
「安酒しか飲めないおじさんはミルクも飲めないんですねー」
左手をひらひらとさせながら大声で言い放つ。相手ももう限界だろう。さて、どう動くか…いざとなったらジルになんとかして貰おう。
「てめぇ!表ぇでろや!ぶっ殺してやる!」
ガタンッ!とイスを蹴飛ばしズカズカと出口で向かっていく。そうきたか、腐っても大人ってところか?店で暴れないのは。
「ああいいとも。おじさんを倒したところで、安酒を買うくらいのお金しか手に入らないけどね」
さらに追い打ち。先に突っかかってきたのは向うだ、これくらいは許されるだろう。するとおじさんは顔を真っ赤にして、腰の剣を抜き横を通り過ぎて出て行ってしまった。これだけ騒いだのに酒場の人たちはどこ吹く風、我関せずを貫いている。だけど今の言い合いを聞いてた人たちは、酒のつまみにもなるだろうとぞろぞろ出ていく。
「俺はゲンツに銅貨4枚だ!」
「俺は大穴兄ちゃんに鉄貨1枚!」
なにやら賭けごとを始めた。複雑な気分だな…。ジルを撫でながら外へ出ると、両刃の剣をぶんぶんと振り、俺はやるぞみたいなアピールをしているおじさんをみつけた。そこはきれいに野次馬共が輪を作っていた。逃げは出来ないか。まぁ最悪の場合だ。
「よぉ、びびらずに来たようだな」
素振りをやめ俺を見ると敵意の篭った目で睨んでくる。おじさんの装備は革鎧に両刃の剣。さてと、一応見ておくか。
名:ゲンツ・ルサード
種:人間
状態:疲労3%
っぷ、アピールして疲れてやんの。にしても人を見るときはあまり役に立たないのかな…?説明が見れればいいけど量が莫大になっちゃうか。一つの結論が出ると俺は
「おじさんにはびびるほどの要素がありませんから」
さらに煽る。俺Sじゃないはずだけど楽しいなこれ。煽られたおじさんは耐性がないのか、さらに顔を赤くして怒鳴り散らしてきた。
「その口一生訊け無くしてやらぁ!」
剣を振り上げ襲ってきた。この位のスピードなら…なんとか…。繰り出される剣撃を左右上下に避けていく。時たま頬を掠め冷や汗がでるが、今のところ致命傷は負っていない。肩にいるジルも狙われるが、俺が庇い拾った剣を持った左手で弾く。
「っはぁ…お子ちゃまは…はぁ…怖くて攻撃もできねぇのか…」
息も絶え絶えにおじさんがそういうが、実際そうだ避けるのに手いっぱいで反撃が出来ない。疲れたところを狙うか…疲労感はあるけど息はまだ整っている。これならいける、大丈夫。そう自分に喝を入れると
「おじさんはお子ちゃまに攻撃を避けられまくるんですね」
また煽る。これなら決着は近いだろう。だんだんと大ぶりになっていき、避けるのにも余裕が出来てくる。さらにおじさんは剣を振り上げ、思い切り振りおろす。これを予想して先に動いていた俺はおじさんの足を払い背中を切りつける。痛んだ剣だけど打撃位にはなるだろう。体制を崩し、倒れ込んだおじさんは俺に剣を突き付けられ、持っていた剣を落とした。こっちの勝ち、という事でいいだろう。剣を仕舞い背中を向けると
「おめぇだけはゆるさねぇ!」
落とした剣を拾い、また立ち上がり再度襲ってきた。ジルで学習したはずなのに馬鹿か俺は。そう思うも回避は間に合わなく、ジルのゼリーが切り落とされた。…もうどうなっても知らん。
持っていた小瓶の中身を勢いあまり、ふらふらとしているおじさんに振りかける。これでチェックだ。濡れた顔を拭い正面に剣を構えるおじさんだが、身体の異常に気がついたのかぶるぶると身体を震わし剣を落とした。
「ろれにらりをしら…」
たまらず前に倒れ込むおじさんを見て顔をにぃっとさせると。
「ノキアの搾り汁だよしばらく痺れていてね」
そう言うとポケットからスパンを取り出す。攻撃力で言うとケルスが一番なのだけど、外れたらもったいない。今日のとこはこれにしてやろう。
「ろれはらんだ…」
一々説明するのもメンドクサイので無視を決め込む。手に持ったスパンをおじさんの鼻先に置くと、もうひとつのスパンを取り出して置いたスパンの上に手を持っていく。
「熱いかもしれないけど冒険者のおじさんなら耐えられるよね」
なにを言っているのか理解できないような目で俺を見ると、これからなにをされるのか持っているスパンで察したようだ。動くにも痺れて動けない身体を、懸命に揺らすが効果は無い。もういいだろジルを切った償いだ。スパンを置いたスパンに落とす。するとカチンと音がして周囲5㎝程が赤く煌めいた。これはすごい。
「ふがぁ…が…」
鼻を焦がされたのか辺りに肉の焼ける臭いが漂う。
「それじゃあね、おじさん」
気が変わった。ケルスを片手に顔を殴る。徹底的にしないと後でリベンジに来そうだ。30秒ほどたこ殴りにすると身体がぐったりとしてきた。もういいかな。時たまビクビクしているのは麻痺のせいだろうか、懐から財布らしき金の入った袋を頂戴して、野次馬に一言。
「皆様!お楽しみ頂けたでしょうか!私こと斎藤浩太、以後お見知りおきを」
優雅に一礼をすると野次馬共が
「いい動きだったぞにいちゃん!」
「ゲンツもこれじゃ、かたなしだな!」
「へっへぇー俺のひっとりがちぃー!にいちゃんありがとーよ!」
など歓声があがる。俺としても金をゲット出来たし、ホクホクだ。野次馬を退けてギルドに行くかどうかを迷ったが、結局宿に行くことにした。汗も掻いたしもう休みたい…
「ジルーごめんな俺のせいで」
不自然に右側だけ欠けた身体をみて、申し訳なさがこみあげてくる。俺がもうちょい気をつけていれば、こんなことにはならなかったはずだ。絶対しないこと誓おう。ジルは気にすんなと言いたげにぺちぺちと叩いてきた。ほんまにええこやなぁ…。ありがとう、と言って撫でてやっていると宿に着いたようだ。危うく通り過ぎる所だった。
「ごめんくださーい」
宿のドアを開き中をのぞくと、入口近くのカウンターに気前の良さそうなおっちゃんが座っていた。さっきの女の人はいないのかな?あれだけあってもちょっとは期待するよね、男なら!
「おう、にいちゃん何泊だい?」
そう聞かれたので
「とりあえず一泊を」、と言い奪った袋から鉄貨らしきものを2つ取り出す。
「水は裏に井戸があるから好きに使いな、ランプは油代を払ってもらえば部屋にあるやつを好きにしてくれていい。後、お湯がほしいなら銅貨2枚で持って行ってやる。それと飯は朝と晩に1回づつ、昼飯は追加料金を払ってな。朝飯は日が昇ってからの1フェース、晩飯は日が沈んでからの1フェースだ。時間内なら無料だが超えると金を払ってもらうから気をつけな。説明はこの程度だが質問はあるか?」
言いなれたようにおっちゃんが聞いてくる。フェースってのは時間の単位だろうか?俺が首を振って否定すると、満足したように木の札を渡してくる。なにやら模様がついているけど同じ部屋に行けってこと?
「それじゃ、まいどあり」
鉄貨を受け取り、そう言うとまたカウンターの奥に座ってしまった。まぁとりあえず部屋に行こう。ギシギシときしむ階段が、何時抜けやしないかと思っていると部屋に着いたようだ。鍵は無いのか…?物騒だな。扉を開け中に入ると木で出来たベッドの側にランプが一つ、備え付けのなにやらタオルらしきものが一つと、質素な作りだった。何処の宿もこんなのなんだろうか?ベッドには藁が敷いてありそれを隠すようにシーツが被せてある。
まずは服を洗おうか。このまま飯ってのも同席する人にとって嫌だろう。俺も嫌だ。軋む階段を下りてそのまま廊下を進むと、家の中に井戸があった地面はむき出しのまま、つるべに木の桶が括りつけられていた。側にあった大き目の桶を持つとつるべを落とし、水をくみ上げる。4回繰り返したところで大き目の桶が満タンになったので、さっさと部屋に戻っていく。途中少しこぼしたが、ジルがうまく吸収し事なきをえた。っと身体を洗いたいのを思い出し、もう一往復する。
「さて、一洗いしますか」
脱いだTシャツを桶に放り込みじゃばじゃばと擦っていく。すると出るわ出るわすぐに水が黒くなってしまった。ポケットの中身も取り出しジーパンを水洗いしていく。すでに黒くなった水がさらにどす黒くなった。洗って気づいたけど着替えもってねーじゃん!ジーパンとTシャツを搾りながらどうするかを考えていると、ジルがTシャツをゼリーで包み始めた。
「ジル…?なにをしてるんだ?」
溶かされたらたまったもんじゃないぞ。今の所一張羅だからな。先ほどこぼした水で膨らんだ身体にはすっぽりと入るようだ。少しの間ぷるぷるした後、Tシャツから離れたので触ってみると乾いていた。そうか、水を吸収したのか!
「ジル、お前ってやつは…」
感激し過ぎて抱きしめてしまった。苦しいのかゼリーで頬を叩かれた時我に返った。同じようにジーパンも乾かして貰って、残りの桶に頭を突っ込みガシガシと洗っていく。シャンプーとかは無いけどしないよりましだろ。備え付けのタオルを濡らし、身体を擦ると出るわ出るわ垢が大量だった。
桶をそのままにして身体をジルに拭いてもらい、ベッドに横になる。
今日はいろんな事があったなぁ。極めつけはゲンツのおじさんにからまれたことだろう。なんとかなってよかったと今さらほっとする。ジルにも迷惑かけちゃったし、運動でも始めるか。
明日はギルドに行こうと考え、ジルを抱いて寝る。ぷにぷにとした身体がなんともいえない。ジルも嬉しいのか身体を擦りつけてくる。もう寝るか…流石に疲れた…心地のいい柔らかさに身を任せ意識が沈んでいく…
「おやすみ、ジル」
明日も生きていられます様に。