裸のネコ様
吾輩は猫である。名前は……沢山ある。
吾輩のテリトリーに新参の猫が入ってくるのも珍しい。歩こう。散歩しながら吾輩の話を聞いてくれ。
名前は沢山あると言ったが、一つ一つ上げていくと、ネコにタマ。クロにシロ。太郎にジェニファー。ミルクにクッキー。モカ、タイガ、ココにルル。まだまだあるがこのぐらいでいいだろう。名前が沢山あるということはこれで知れたと思う。
でも昔からよく言われる名前がある。沢山名前があると言ったが、最近ではその名前しか聞かないな。それはなんだと思う? ……当たるはずないか。そんなに勿体ぶるような事では無いから答えを言うと、ラブだ。このラブという名前は愛とか、恋とか、好きとか。そういう意味がある。
何故吾輩をラブという輩が多いのかは、吾輩の見た目から着想を得ていると言っていい。
ほら、見えるか? ハートが見えるだろ。
吾輩の背中にはハートの柄があるらしいということ。……吾輩は見たことがないんだ。なんせハートは背中にあるからな!
……。
ふん、これは背中を見たことがない。つまり背中に目がないというのが笑いどころだったんだが、許せ。吾輩の茶目っ気だ。少し君に笑って欲しかったんだ。
話を戻すと、だから吾輩の名前はラブ。ハート柄があるからラブ。ハート柄にも愛とか、恋とか、好きとか。そういうラブと同じ意味合いが含まれているということらしいのだ。掛詞。ただの言葉遊びといったらそうだ。人間は安直だろう。
ハート柄が毛並みにある猫はそこらじゅうに沢山いるというのに、人は吾輩のハート柄にしか目を向けない。それだけ吾輩の毛並みにあるハート柄は綺麗なのだと思う。
空を見てみろ。あそこに二匹の猫がいる。その一匹にもまた吾輩と同じように背中にハート柄がある。
でも吾輩のように『ラブ』とする名前を形容する猫とはまだ一度も会ったことがない。
不思議に思わないか、だがそれがまかり通っているんだ。優越感を覚えるだろう。それが少しの自慢だったりもするのだ。
人に付けられた安直な名前だが、吾輩はこのラブという今どきの名前を気に入っている。ハイカラな名前だと思うだろ。若い猫はシャレている。なんて言葉を使うのかな。
ん? 反応が良くないな。今どきの若い猫は『シャレている』という言葉は使わないのか。
少し前に君みたいな若い猫から教えて貰ったのだが……。
まぁ名前のくだりは置いておこう。
その名前が定着してきた頃から、 吾輩は『王』になったのだ。
壮大か? 虚言を吐いている訳じゃない。そう持ち上げる輩が沢山いるのだ。それが猫になれなかった劣等種。人という者の悲しい性ということか。
吾輩は散歩しているだけで、人の誰もが膝を折り、こうべを垂れる。
飯を出せと言うと、へりくだって飯を差し出す。貢ぎ物のチュールの味は格別だ。
想像したら腹が減ってきたな。君もか? ご馳走したいのは山々だが、あいにく吾輩はチュールを持っていない。
ここで待ってるだけで飯が運ばれてくるが、どうする? 待つか? それとも散歩の続行か? 吾輩はどちらでもいい。
……散歩の続行か、いいだろう。君には飯よりも大事なことがあった。ただそれだけじゃないか。
吾輩は散歩も好きだ。でも君は歩くのが早い。もう少しだけゆっくり歩いてくれ。生き急ぐのもわかるが、まだまだ時間はあるのだろう。
吾輩のことはあらかた話した。後出しみたいで悪いが、次は君の話を聞かせてくれ。……あぁ困らせるつもりはないんだ。難しい話をしてくれと言ってる訳じゃない。
吾輩も君から哲学的な話が飛んできたらどうしようかと思っていたところだ。まだ初めましての間柄で、親しい間柄でもにない。そんな相手に手放しで傾聴者に回るほど、吾輩も鬼じゃない。
話の道筋は立てた方が話しやすいだろ。そうすると自ずと吾輩の聞きたいことに集約するわけなんだが、何を聞きたいかと言うと、なんだろうな。
……。
『どうして吾輩のテリトリーに入って来たのか』
とかかな。
……そんな身構えなくていい。襲って食べようなどとは思っていない。吾輩は野良の猫でも、そこまで野蛮じゃないんだよ。
だから先に吾輩の話を聞いてもらったんだ。知性がある猫だと思って貰えていたら嬉しいんだが、そうは感じなかったのかな。しかしまぁ君を襲うつもりなら、君に気づかれる前に済ましている。君は野良の世界に足を踏み入れた猫のはずなのに危機感が足りなかった。それだけ吾輩と出会う前の君は不用心だったわけだ。
吾輩は吾輩よりも若い猫は沢山見てきた。だから君の事情も分かっていて聞いているつもりだよ。
……。
ん、黙っているつもりならそれでもいいだろう。
それじゃあ吾輩から君のことを話そうか。君もここに来る前は吾輩と同じで『王』に担ぎ上げられた猫だったんじゃないのか?
……何を驚いている。このくらいは君を一瞬見ただけでもわかることだ。野良猫の誰に聞いても、吾輩と同じ答えが返ってくるぞ。だって君の毛並みは凄く綺麗だ。そして野良の世界には君のような匂いは存在しない。
人の家の王だったのだろう。野良猫を下に見て、お高く止まっている家猫だ。
いや、いい。君がどう思ってようが詭弁の薄い言葉は鼻につく。
たが、遥々『脱走して来たぞ!』という面持ちでもないし、『捨てられた』という程に荒んでもない。
迷子の猫のような慌てふためいている様子もない。
君には覚悟が見える。
だからここに来た、という方が正しいのか。
カラスの森に行くんだろ。吾輩に会ったのは運が良い。カラスたちとは旧知の仲なのだ。野良猫よりもアイツらは話がわかる。
吾輩の匂いをつけておけば、生きている内は襲われることはないよ。
散歩は終わり。ここの道を真っ直ぐ行けば、カラスの森だ。
怖いか? そうだろうな、もう目も声も掠れているだろう。足も……限界に近いな。
でも大丈夫。吾輩と君は散歩仲間だ。君が眠るまで傍に居てやる。
その代わりに君のことを聞かせてくれ。
だんまりは無しだ、それでいいか。
ん、それじゃまず君の名前を教えてくれ。
◇◇◇◇
吾輩は猫である。名前は……沢山ある。
吾輩のテリトリーに新参の猫が入ってくるのも珍しい。歩こう。散歩しながら吾輩の話を聞いてくれ。
名前は沢山あると言ったが、一つ一つ上げていくと、ルナにネコ。タマにクロ。シロに太郎。ジェニファーにミルク。クッキー、モカ、タイガにココ。まだまだあるがこのぐらいでいいだろう。名前が沢山あるということはこれで知れたと思う。
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