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第七話 夕暮れの訪問者


翌日、登校中に昨日の出来事を蓮くんに話す。

「そうか、図書室に異形が……綾人もひなこも大丈夫だったのか?」

「うん、綾人くんは私の血を飲んだら、すぐ怪我が治ったって」

私は昨日の事を思い出す。

私の血を飲んだ後、綾人くんの傷は瞬く間に塞がった。

回復が速いとはいえ、この速さは異常だと驚いていた。

「稀血にはこんな効果もあるのか……ただ惹かれるだけではないんだな」

「稀血でよかったって、はじめて思った」

ふふっと笑うと、少しくらっとする。

倒れそうになる私を、慌てて綾人くんが支える。

「血を沢山飲んでしまったから……大丈夫か?」

「うん、大丈夫。でも、吸血ってもっと痛いと思ってた」

跡も殆どわからないし、と指で首筋をさする。

「吸血鬼の唾液には、痛覚を麻痺させる効果と、皮膚の再生力を促進する作用があるんだ。長い歴史の中で、人間社会に潜んでいく中で進化していったって言われてる」

あと、と綾人くんは付け足す。

「少し酔う場合もある、動悸が激しくなったり。でも少しの間だけで、落ち着くから」

あの妙なくすぐったさはそれだったのか、と納得した。

そんな事を思い出しながら、蓮くんに話した。

「そうか、……ひなこ本当に大丈夫か?」

蓮くんがすこし心配そうに、私をみつめてくる。

無理をしていないか、心配している時の目だ。

「うん、大丈夫だよ。少し緊張はしたけどね。綾人くんを助けられて本当よかったよ」

ふふっと笑う私をみて、蓮くんはホッとした顔をした。

「結局、今回わかったのは稀血についてか」

私は頷く。

「異形が綾人くんには目もくれず、私目掛けて襲ってきたの。血を出していなくても、私が稀血なのがわかるのかもしれない」

私は昨日の場面を思い出し、身震いする。

気持ちを落ち着かせるため、ギュッと胸元のシャツを握りしめる。

蓮くんは、そうかと呟いた後、ポケットから朱色の御守りを出して私に渡す。

「これって……」

「交通事故で、俺だけが生き残った時、首に下げてた御守り」

にっと蓮くんは笑う。

「かなり強力だから、ひなこも絶対大丈夫。貸してやるから大事に持ってな」

10年前、蓮くん一家は交通事故に遭い、蓮くんを除いて皆んな死んでしまった。

当時の事は今も覚えている。

蓮くんの表情も、言葉も。

ーー私にとってもあの日は、忘れられない日だから。


「こんな大事なもの、受け取れないよ……」

「だから、貸すだけだから。ほら」

ぐいっと渡されて、躊躇しながらも受け取る。

「ありがとう……これで、絶対大丈夫だね」

「あぁ、これで絶対大丈夫だ」

すこしだけ綻びた、その御守りを指先で撫で、そっと鞄にしまった。



放課後になり、美化委員の仕事を終わらせて教室に戻る。

夕陽がオレンジ色の光となって、教室の窓が差し込んでいる中、私の席に、誰かが座っていた。

逆光で表情がよく見えないが、肩まである髪の毛を軽くまとめてある、背の高い男性のようだった。

制服はだらしなく着こなされており、足をぷらぷらと揺らしている。

「誰ですか……?」

私の声に反応し、机を降りてこちらに向かってくる。

少し身構えると、私の前でぴたりと止まる。

「君が、小鳥遊ひなこちゃん、だよね?」

にっこり笑いながら、私の名前を呼ぶ男。

……笑ってはいるが、視線は冷たく目の奥は笑っていない。

怖いくらいに綺麗な顔は、どこか見覚えがある。

綾人くんと同じ、真っ赤な瞳をみて確信する。

「西園寺、凌先輩……ですか?綾人くんのお兄さんの……」

「そう、よくわかったね」

そう言ったと同時に、ぐいっと手を引っ張られる。

乱暴に髪を掻き分けられ、首筋が露わになる。

「なにっ……?!」

綾人くんに噛まれた跡を指で撫で、軽く爪で抉られる。

「いたっ」

そして爪にほんの少し付いた血を、凌先輩は舐めとる。

「なるほど、稀血か……だから、綾人のやつ、お前を気にしてるのか」

にやっと笑う先輩の表情にゾッとして、思わず距離を取る。

そんな事はお構いなしに、先輩は再度私と距離を詰め、あっという間に両腕を強く握られる。

力強さに振り解けずにいると、牙を覗かせながら首筋に顔を近づけられる。

「いやっ」

思わず声を発すると、勢いよく扉が開く音がする。

「何してるんだよ兄貴!」

普段より語気を荒くした綾人くんが、強引に私と先輩の間に入り、先輩を押し戻す。

凌先輩は、来るのがはやいなぁ、と笑った後、綾人くんに向き合う。

「人間の血は吸いたくないって言っていたのに、稀血を囲うなんて。強欲だなぁ綾人は」

先輩は笑いながら綾人くんの頬に触れるが、彼はその手を払い除ける。

「違う!俺はひなこを守りたいから一緒にいるんだ」

それをみて、凌は大きく笑う。

「ふーん、じゃあ血は吸ってないんだ?」

凌はにやっと笑う。

「それは……」

視線を落とす綾人くん。

先輩は、その視界にはいるよう、屈んで綾人くんの顔をじっとみつめる。

「そうだよな、稀血だもんな。吸わないなんて出来ないよな?それはしょうがないんだよ、吸血欲求は吸血鬼の本能なんだから」

にぃっと笑う凌の顔は、まるで玩具を見つけた時の子供のようで、少し興奮気味にみえる。

それとは対照的に、綾人くんの表情は混乱して、苦しそうに見えて、気がつくと私の体は勝手に動いていた。

「やめて、ください」

私は凌先輩を押し退けて、綾人くんと先輩の間に立つ。

「綾人くんは、私を助けるために一緒にいてくれてるんです。本能とか関係ないです」

両手を広げて、先輩に訴えかける。

「だから、綾人くんが傷つくような事言わないでください」

先輩は私を見下ろす。

その視線は驚くほどに冷たくて、指先がブルブルと震える。

でも苦しそうな綾人くんから守ってあげたくて、唇を噛み締めて目線を逸らさない。

「ひなこ、ありがとう。もう大丈夫」

綾人くんが、私の肩に手を乗せる。

その表情は、いつもの綾人くんに戻っていて、私はほっと胸を撫で下ろす。

そんな私達をみて、先輩はふぅんと呟く。

「兄貴、俺はひなこだから一緒にいるんだ。ひなこを傷つけるのは兄貴だとしても許せない」

綾人くんは、真っ直ぐに先輩をみて伝える。

その瞳には、何か確信めいたように強い意志を感じた。

「……わかった。綾人と仲違いしたいわけではないしね。綾人と仲良くしてる子がどんな子か知りたかっただけ」

先輩は、ぱっと両手をあげて、降参ポーズをとる。

そしてドアに向かう途中で止まり、振り向く。

「稀血の事、吸血鬼に知られると面倒だ。よくよく気をつけるんだな」

「あぁ、わかった」

「じゃあね、ひなこちゃん。……またね」

赤い瞳を細め、妖艶な笑みを浮かべる先輩は、現実離れした綺麗さで、私は少しゾッとする。

そんな私の表情をみて、先輩は満足げに前を向き、ひらひらと手を振り、帰っていった。



「な、なんかすごい人だった」

私は凌先輩が居なくなると、へなへなと床に座り込む。

綾人くんはその横に腰を下ろし、ごめんな、ひなこと頭を下げる。

「兄貴は、俺をからかうのが好きなんだ。巻き込んでごめんな。でも、本当は優しいんだ」

「優しいの?」

……優しさとは対極にいそうな人だったけど。

「ああ。人間の血を吸いたくないなら、異形を代わりにすればいいって教えてくれたのは兄貴なんだ」

綾人くんは、嬉しそうにはにかむ。

(……綾人くん、純粋すぎて心配になるかも)


「でも、からかわれてるって分かってたけど、ちょっとしんどかった」

綾人くんは、少し、悲しそうな表情を浮かべるが、思い出したようにすぐ笑顔に変わる。

「だから、ひなこが庇ってくれて、うれしかった。ひなこはいつも優しいな」


そう言われて、私は自分の顔が少し引き攣つる。

「……そんなこと、ないよ」

言葉を詰まらせながら、答える。

綾人くんは、そんな私をじっと見つめる。

「ひなこって、優しいって言われた時、どうして辛そうな顔するんだ?」

彼の、何気ない質問に、私は喉が詰まったように、言葉が出てこない。


あの日の事が、頭に過ぎる中、私は必死に思考を巡らせる。

「……いや、そんな、資格ないから」

私は、ぽつりと呟く。

頭が回らなくて、上手く誤魔化すこともできない、ただの本心。

「……資格、そうなのか」

綾人くんは、少し困惑しながらも、私の言葉を受け止めてくれたようだった。


「ごめん!変な空気にしちゃって。少し照れくさいだけだよ」

私は笑顔を作って、綾人くんに帰ろう、と促す。

(笑えてるよね?)

貼りついた笑顔が、家に帰るまではがれないよう、祈りながら私は帰路についた。



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