第六話 噂
翌日、学校につくと早速マコトとリコに噂について聞いてみる。
「最近聞いた事ある噂かぁ。私は詳しくないからな。リコが詳しいよね」
リコはふふんと得意げに、待ってましたとばかりに話し出す。
「まぁね〜最近聞いた事あるのは、廃病院に出る不審者と、図書室に出る幽霊の話、それと……」
リコは間を置いて、私の肩をがしっと掴む。
「ひなこが、西園寺綾人と急接近してて怪しいって噂!!どうなのそこは!!」
興奮気味に肩をがくがくとゆらされて、私は慌てて否定する。
「いや、確かに仲良くなったけど、別に怪しい関係じゃ……」
「ふぅん、なんで急に仲良くなったの?」
「それは……困った時に助けてくれて、その後も色々助けてもらってるの」
「ふぅん、じゃあ付き合ってはいないの?」
私はぶんぶんと首を振る。
「違う違う!……だって、釣り合わないよ」
私は至って平凡で、綾人くんは学園の人気者だ。今は仲良くしてくれてるけど、稀血のことが解決したら、きっと関係は途切れてしまう。
そう考えた時、胸がちくりと傷んだ。
(それは……さみしいかも)
「そんな事ないと思うけどなぁ。じゃあまだ友達なのね」
「ちょっとリコ、ひなこが困ってるでしょ。ひなこ、知りたかった噂はあった?」
マコトに言われて、ハッとする。
「うん!もう少し詳しくあとで聞かせて。あと、海とか、洞窟とかの噂はない?」
私は夢で見た情報を手掛かりに、聞いてみる。
リコはあぁ、あれねーと呟く。
「海岸沿いにある洞窟の中にある祠にお祈りすると、呪われちゃうってやつね」
「!それ、教えて欲しい」
「確か、昔この地を守っていた神様が堕ちてしまって、悪い神様になっちゃったとか。その神様が祀られてるらしいよ」
「悪い神様……」
「あそこには近づいてはいけないって、うちのおばあちゃんが言ってたの」
まぁ、本当かどうかはわかんないけど、とリコは肩をすくめる。
「……そっか、ありがとう。知りたいこと聞けたよ」
私はどこか、聞き覚えがあるような気がして、悪い神様の事をしばらく考えていた。
「図書室に自殺した男子学生の幽霊がでるという、噂があるらしいの」
校門前で待ち合わせていた綾人くんに合流し、聞いた噂話をする。
「図書室って、ここの学校のだよな?」
「うん、19時頃に現れるって噂らしい」
「時間までわかってるのか、あと30分か……行ってみるか?」
綾人くんが、ニヤッと笑う。
図書室に向かう途中、前から気になっていた事を綾人くんに聞いてみる。
「綾人くんは怖くないの?異形と会うこと」
綾人くんは、今は慣れたけど、と答える。
「最初は怖かったな。アイツらは人の形をしてたとしても、不気味な事が多いし」
それに、と付け加えて自分の手のひらを見つめる。
「人間の血を吸わない為とはいえ、何かを殺めるって気分はよくなかった」
初めて異形と対峙した時の事を思い出しているのか、少し遠い目をしている。
その様子に、胸がちくりと痛む。
私はそっと綾人くんの手のひらに、自分の手を重ねる。
「綾人くんが助けてくれなかったら、私は今ここにいないよ。だから、異形への罪悪感とか……一緒に心の重荷を背負うからね」
本当の意味で背負うことは出来ないとしても、綾人くんだけに背負って欲しくない。
私は少しでも気持ちが軽くなって欲しくて、手のひらに力を込めて握った。
そんな私をみて、綾人くんは目を細め、ありがとうと呟いた。
「そうだな、ひなこと会ってからは少し気持ちが軽くなった気がする。ひなこを守るって大義名分もできたし」
綾人くんが私の手のひらに、更に手のひらを重ね、両方の手で私の手を握る。
「そうしたいって体が勝手に動くんだ。自分でも不思議だ。ひなこが笑ってると嬉しいし、もっと一緒に居たくなる」
にこっと笑う綾人くんにつられて、私も照れながら笑う。
「私も綾人くんと一緒にいると楽しいよ」
そっか、と嬉しそうに呟く彼をみて、胸がじんわりとあたたかくなるのを感じた。
時間になり、図書室に向かう。
「奥のほうの、ら行の本棚辺りに現れるらしいの」
「あの辺りか」
部屋の奥に、月明かりを頼りに進んでいくと、学生服を着た男の子が本棚に向かって立っているのが見えた。
薄暗いはずなのに、何故かハッキリと見えていることが、不気味さを際立たせる。
「あれかな」
ひそっと綾人くんに話しかけると、綾人くんは頷く。
「あぁ、異形の匂いがプンプンする。俺が行くからひなこはここで待ってて」
綾人くんが男の子に向かって歩いていく。
私が少し緊張しながら、彼らをみていると、急に男の子の首が勢いよく180度回転し、私と目が合う。
(なんで、私を……?!)
その瞬間、金縛りにあったかのように、身体が動かなくなる。
目だけ動かせるが、声を出すことも出来ない。
必死に綾人くんに伝えようとするが、微動だにしない。
刹那、男の子の頭が勢いよく千切れ、私の方に飛びかかってきたのが見えた。
目の前に血走った眼球と、牙が迫ってきているのがまるでスローモーションのように感じ、死ぬ直前でこんな感じなのかな、と思考を手放しそうになる。
痛みを覚悟した時、目の前に綾人くんが現れて私を抱きしめた。
目の前には真っ赤な血が吹き出し、綾人くんが私を庇って異形に噛みつかれたのを認識した。
綾人くんは首筋から大きく出血しながら、険しい顔つきで異形の頭を床に勢いよく叩きつけた。
視界の端で異形の胴体がすぅっと闇に溶けて消えるのが見えた。
その瞬間、私の金縛りが解け、私は慌てて綾人くんに声を掛ける。
「綾人くん!」
首からドクドクと血を流し、口元も切れているようで血が流れている。
「ひなこ、怪我してないか?」
荒い息をしながら、私を心配そうな目で見つめる。
「私は綾人くんが庇ってくれたから怪我してないよ。でも、あぁ……血が止まらない」
持っていたハンカチを首に当てるが、白いハンカチがすぐに真っ赤に染まっていく。
「大丈夫、血はすぐ止まるよ。俺人間より回復力すごいから」
そう言いながらも、立ちあがろうとしてふらつく綾人くん。
「でも、こんなに血が出て……」
「少し貧血でクラクラしてるだけ、大丈夫」
青白い顔で無理して笑う綾人くんをみて、私は涙が溢れる。
「嘘、本当は辛いのに、私の前で強がらないでよ」
(異形は消えてしまった。血が足りないなら)
私は涙を拭い、シャツのボタンを幾つか外して、髪を退けて首筋をあらわにする。
「綾人くん、私の血を飲んで」
綾人くんは驚いた顔をして、それは嫌だという。
「気持ちは嬉しいけど、できない」
綾人くんの信条はわかってる、けど、
「綾人くんが私を庇って怪我して、守られているだけの私のままじゃ嫌なの」
私を助けるために命をかけてくれているのに、守られているだけの私。
何も出来ない、役立たずの私。
そんな私のままでは居たくない。
「苦しんでる綾人くんを、そのままにしたくない。あなたを助けたいの」
綾人くんの手を握り、必死に気持ちを伝える。
「……わかった。ありがとう、ひなこ」
そっと私の首筋を指先で触れられる。
「痛みはないはずだけど、もし痛かったら言って」
首筋に唇があたり、吐息の温かみを感じる。
「んぅ……」
首に冷たい牙を当てられ、思わず唾を飲み込む。
「大丈夫か?」
不安そうな表情をみせる彼を安心させたくて、ニコッと笑う。
(大丈夫、こわくない)
深呼吸をして、大丈夫。と言うと、彼も覚悟を決めたのか、皮膚に牙が食い込む感触がした。
血を啜る音が部屋の中に響き渡る。
閉鎖された部屋の中には私と彼しかおらず、小さな蛍光灯がチカチカと光っている。
首元を噛まれているのに、痛みはなく痺れるようなむず痒さが全身に広がり、身体が熱くなる。
夢中で首に顔を埋める男の髪の毛が、首筋に当たるたびにくすぐったくて身震いする。
彼の本能がそうさせるのか、次第に息遣いが荒くなり、血を啜る音が大きくなる。
私の腕を握る指の力が徐々に強くなり、その力強さに、私は思わず「いたい」と漏らす。
その瞬間、ばっと綾人くんが私の首から顔を離す。
その口元には私の血がしたたっていたが、それ以上に驚いたのは、いつも以上に真っ赤に染まり爛々とする瞳と、恐怖を感じたような真っ青な表情だった。
「綾人くん?」
「ご、ごめん俺……なんで、止まらなくて、痛い思いさせるなんて」
ぶるぶると震える手で、私に触れようとして止める綾人くんをみて、思わず彼を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
彼の背中を優しくさする。
首筋が濡れる感覚がして、綾人くんが涙を流しているのがわかり、大丈夫、大丈夫だよと繰り返す。
少しずつ彼の震えがおさまっていき、おずおずと回された手が力強くなり、強く抱きしめられた。
震えがおさまっても、私は繰り返した。
今回の事だけじゃない。
命をかけて、心を痛めて、何度も私を助けてくれた彼に。
彼の抱えてきたものに、少しでも寄り添いたくて。
静かな時が流れた。
私と彼の鼓動だけが、お互いを通じて聞こえる。
私は、微笑んで彼に伝える。
「庇ってくれてありがとう。私の我儘を聞いてくれてありがとう。綾人くんの力になれて、私すごく嬉しい」
綾人くんは、少し困った顔をしながら微笑み、
ありがとう、そう呟いた。
その声には、いつもの暖かさがあった。
◆◆◆
同時刻、祠の奥にあるお札はほとんどが破れ、床に落ちていた。
そして、お札が貼られた扉に小さな亀裂が入り、内側からカリカリと扉を引っ掻く音が聞こえていた。
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