第四話 邂逅
放課後の帰り道、マコトとリコと別れて路地を曲がる。
ちょうど夕陽が目に差し、眩しさに思わず手で庇った瞬間だった。
ーーーリンっ
鈴の音が聞こえ、背筋にゾワッと悪寒がはしる。
ぐにゃっと視界が歪み、見間違いかと目を擦る。
周りを見渡すと、いつの間にか日が沈み、見覚えのない住宅街が広がっている。
急いで曲がった路地に戻るが、同じように見覚えのない景色に変わっていた。
(これって、また異形が関係しているの……?)
私は息をのむ。
すると、少し遠くから、コツ……コツ……とハイヒールの足音が聞こえてくる。
目を凝らすと、2メートルはあろう背の高さの女が、こちらに向かってくるのが見えた。
真っ黒な長髪に、真っ白なワンピースを着ている。
髪はずぶ濡れだが、不自然なほど洋服は濡れていない。
その妙な姿に、私は慌てて路地を曲がり、走りながら隠れる場所を探す。
小さな公園をみつけ、円柱の形をした、中が空洞の遊具の中に急いで身を隠す。
コツ……コツ……
音が近づいてきている。
怖くて声を上げてしまいそうで、必死に両手で口元を抑え目をギュッと瞑る。
……ぴたりと、音がやむ。
うっすらと遊具の入り口に目をやると、ギラギラとした瞳をかっぴらき、ニタァと耳まで裂けた口で笑う女と、目が合う。
女の舌は蛇のように細長く、チロチロと動き、私の頬を撫でる。
前回異形と遭遇した時がフラッシュバックして、私の脳裏には彼が瞬時に思い浮かぶ。
「……綾人くん!助けて!!」
震える声で必死に叫んだ、その瞬間。
轟音と共に、異形が吹き飛んだ。
しばらく打撲音が続いたのち、綾人が遊具の入り口から顔を出す。
「大丈夫か?ひなこ」
「だ、大丈夫…綾人くん、どうしてここに?」
滲んだ涙を拭いながら、質問する。
「異形の匂いがしたから探してたんだ。そしたらひなこの匂いもしてきたから、追っかけてきた」
間に合ってよかったよ、と言いながら、私の頭をポンポンと撫でられる。
そのリズムに合わせて、深呼吸を繰り返し、私はようやく気持ちが落ち着いてきた。
「ありがとう、また綾人くんに助けられちゃったね」
「守るって約束したろ」
「……うん、ありがと」
何でもないように言う綾人に、なんだか照れてしまう。
「ここって、どこなのかな」
顔が赤くなった事に気が付かれないように、あたりを見渡す。
「……ここは外界から遮断されてるな。裂け目を探して戻るしかない」
綾人くんは、鼻をひくつかせながら、キョロキョロと目線を動かす。
「裂け目か……さっき角を曲がったら、気がついたらここにいたんだ。あ、そういえば鈴の音がしたような」
「鈴の音か。俺は聞こえなかったな。ひなこの気配を追っていたら、俺もいつのまにかここにいた」
(私にだけ聞こえていた…?)
「裂け目はどこか違和感を感じやすい。少し歩き回ってみよう」
異形の匂いはしないから、安心しろ。と綾人は付け加える。
「うん、わかった」
鈴の件は少し気になったが、まずはここから出ることに集中した。
とりあえず、私が曲がった角まで戻ってきた。
周りを見渡すと、近くにある電柱に貼ってあるポスターが妙に剥がれそうなほど風を受けているのに気がつく。
「風も吹いてないのに……」
私がそっとポスターに手を添えると、パキッと音が響き、空間にヒビが入る。
驚いて目をつぶり、手で自分を守るようにしていると、見知った声が聞こえた。
「ひなこ?それに、西園寺綾人?」
「れ、蓮くん?!」
蓮は驚いた顔をして、私たちをみていた。
「妙な気配のなかに、ひなこの気配が混じっていたからお祓いをしていたんだ。……急にあらわれて驚いたよ」
「なるほど、裂け目が大きくなってたのはアンタのおかげか」
「蓮くん、ありがとう!助かったよ」
当然のように応じる綾人くんを、蓮くんはじっと見つめ、鋭く目を細める。
そして、私を引っ張り、綾人くんの前に出る。
「西園寺……お前、人間じゃないな。人じゃないものが混ざっている匂いがする」
その台詞に、綾人は目を大きく開いた後、唇を噛み身構える。
「綾人くん、蓮くんは大丈夫だよ」
私はそんな綾人くんに駆け寄り、その手を、ぎゅっと握る。
少しずつ、綾人くんの体の強張りが解けていった。
私は蓮くんのほうを向く。
「蓮くん、私は綾人くんに、何度も助けてもらっているの」
「ひなこ……なんで何度も危ない目にあってるんだ?」
蓮くんが怪訝な表情をする。
私は綾人くんに目配せする。綾人くんが頷いてくれ、私は蓮くんに綾人くんと出会ってからの事を話す。
ーー吸血鬼、異形、そして稀血の事を。
「……異形が稀血を求めるのだとしたら、ひなこは常に、脅威に晒される危険があるってことか」
蓮くんは眉間に皺をよせ、唇に指を当てる。
「それに、吸血鬼だなんて……ひなこ、本当に大丈夫なのか?」
蓮くんの発言に、綾人が身を乗り出して言葉を発する。
「俺は、ひなこを護りたいだけなんだ。だから、絶対傷つけたりしない」
蓮くんは綾人くんをじっと見つめる。
「なんで、そこまでひなこを助けたい?」
綾人くんは蓮くんの指摘に、少し口籠った後、
真っ直ぐに私をみた。
「ひなこは、初めて俺を人としてみてくれた人だから」
その真っ直ぐな視線に、私の胸は大きな音をたてて波打った。
それと同時に、綾人くんほど優しい人が、これまでどれだけ傷ついてきたのかを突きつけられたようで胸が痛む。
「そうか……ひなこらしいな」
蓮くんは肩をすくめて、綾人くんに向き直る。
「わかった、俺も協力する。ひなこの為にも稀血の事解決しよう」
蓮くんは綾人くんに握手を求め、綾人くんは力強く握り返した。
「よろしく頼む」
「それにしても、そんなに異形ってのは出現するものなのか?」
蓮くんの発言に、綾人くんは険しい顔つきになる。
「いや、流石に多すぎる。今までとは違う、大きな何かが、起きてしまっているのかもしれない」
綾人くんの言葉に、私はゾッとして身震いした。




