エピローグ
染谷神社の周りには、提灯が飾られ、穏やかな風で小さく揺れている。
子供が浴衣をきて、林檎飴を片手に嬉しそうに走り回り、その後ろを優しい視線で追いながら歩く両親らしき人。
汗をかきながら焼きそばを作り、笑顔で手渡す人。
沢山の人が笑顔で豊穣祭に参加しているのを横目に、私は綾人くんを待っていた。
堕神が浄化されたあの日、私達は蓮くんを連れて染谷神社に戻った。
蓮くんのおじいちゃんは、私達をみて、よろけながら蓮くんに歩み寄り、壊れものを包むように、そっと握り締めた。
そんなおじいちゃんに、蓮くんはただいま、と笑いかけ、おじいちゃんも涙を滲ませながら、おかえり、と答えた。
蓮くんは衰弱していたため、入院する事になったが、命に別状はないらしく、折角の機会だから読書に励むのと病室に沢山の本を積み上げていた。
その横には、朱色の御守りが飾ってある。
少し外の空気を吸いたいという蓮くんに応えて、病室の窓を開く。
外は茹だるように暑く、熱風が室内に入り込んでくる。
微かに聞こえていた蝉の声や、子供達の笑い声が鮮明に聞こえてくる。
蓮くんはそっと目を閉じて、大きく息を吸い込む。そして大きく息を吐き、満足気に目を細めた。
その表情は生きている事を実感しているように見え、私は自分の胸が熱くなるのを感じた。
「ひなこ」
私を呼ぶ声に振り向くと、そこには浴衣を着た綾人くんがいた。
「「浴衣姿、カッコいいね」「浴衣、かわいい、すごく似合ってる」」
お互いが同時に褒めあって、私達は目を合わせ笑いあう。
「じゃあ、行こうか」
綾人くんが私に手を差し出して、私はその手を握る。
沢山の人達が行き交い、色んな声がざわざわとひしめく中、自分の心臓の音だけが特別大きくきこえる。
(今日こそ、言うんだ、綾人くんに私の気持ちを)
綾人くんは一族会議とやらで、私は蓮くんのお見舞いなどで時間が合わず、私達が会話するのはあの日以来だった。
綾人くんをちらっと見上げると、綾人くんはすぐに私に気がつき、どした?と微笑みかけてくれる。
私はそんな彼に、ううん、なんでもないよと笑いかける。
(この幸せな時間がずっと続いてほしい)
蒸し暑い夜なのに、繋ぐ手から伝わる熱が、心地いい。
私達は色んな屋台に赴き、祭りを楽しんだ。
ひとしきり楽しんで、私達は人気の少ない場所で休憩をする事にした。
縁石の上に腰を下ろし、林檎飴を口にする。
シャリッと音がして、甘ったるい飴と、薄らと甘い林檎の味が口に広がる。
隣をみると、綾人くんはとても楽しそうに、足先を左右に小さく揺らしながらチョコバナナをほうばっていた。
「おいしい?」
私がそう聞くと、綾人くんは大きく頷く。
「祭り、はじめてきたんだ。だから、全部楽しいし美味しい」
彼はそう満面の笑みで答えた後、あっと声を出す。
「ひなこと一緒だからか」
そうポツリと呟かれて、私は急激に自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
「綾人くんさぁ、それわざとやってる?」
綾人くんの腕を、軽く叩くと、彼はニコッと笑う。
「なんのことかなぁ?」
「やっぱわざとじゃん!」
そんなやりとりをした後、綾人くんは少しトーンを落とす。
「俺さ、ずっと半端だったんだ」
綾人くんは食べ終わった割り箸を指でいじり、回転させながら、ポツリと呟く。
「吸血鬼なのに、人間の血を吸いたくない。
でも、自分が吸血鬼だって知られて怖がられたくないから、人間とも仲良くなれない……臆病だから孤独だったんだ」
ふーっと、溜息をつきながら、空に浮かぶ月を見上げる。
「でも、ひなこと会った日から、全部変わったんだ。ひなこは俺が吸血鬼だってわかっても、怖がらなくて……俺のこと、ヒーローみたいだって言ってくれた」
へへっと、笑う綾人くんに、私は言ったねぇと答える。
「嬉しかったんだ。中途半端で、ずっと暗闇の中に1人でいるみたいで。
これから先もずっとこのままなのかなって思ってたのに、ひなこと会ってから、いきなり世界が色付いたんだ」
そう言って、綾人くんは私に向き合う。
「最初は、ただ1人に戻りたくなかっただけだったかもしれない。
でも、今はひなこだから、ずっと一緒にいたい」
その真剣な眼差しに、私の鼓動はうるさいぐらいに大きくなって行く。
「ひなこ、好きだ。これからも一緒にいたい」
そう言われて、私は綾人くんに抱きついて、顔を首元に埋める。
「私も、綾人くんのこと好き。ずっと一緒にいよう」
ぎゅっと抱きしめあった後、私達はそっと顔を近づけて、キスをする。
月明かりが私達を照らし、どこか懐かしい花の香りが、祝福するかのように風に乗って頬をなで、空に消えていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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もう一話、閑話がありますので、よろしければそちらもご覧ください。
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