第十三話 自分の気持ち
私は保健室のベッドに横たわり、じっと天井をみていた。
正確には、目を開いているだけで、
頭の中では、凌先輩の言葉を何度も反芻していた。
『偽善者だよね』
『可哀想な綾人くんを、優しい私が助けてあげなきゃ……とでも思ってるの?」』
『私は、優しくなんかない!』
自分の中の、認めたくなかった感情を、無理矢理引き摺り出された感覚だった。
向き合いたくなかった気持ち、でも、溢れたそれはもう戻せない。
「私、綾人くんの為じゃなくて、自分の為に動いてたんだ…………先輩の言ってたこと、図星だったなぁ」
私は、ポツリと呟く。
正確には、半分図星だった。
綾人くんを初めて見たとき、彼の心の傷を垣間見るとき、可哀想だとまったく思わなかったかといわれれば、嘘になる。
でも、私は、困っている人を救いたい、なんて、聖女様みたいな人間じゃない。なりたくもない。
ーー私が、守りたいのは自分の心だ。
こんな私になってしまったのは、蓮くん家族が事故にあったあの日が始まりだった。
まだ8つだった私が家で遊んでいると、電話が鳴り、親が急に慌て出したのを覚えている。
蓮くんは事故の怪我で入院していて、ようやく会えたのはお葬式の時だった。
当時の私は、まだ幼く、純粋だった。
何も考えず、蓮くんに、『大丈夫?』と声をかけた。
蓮くんは、笑顔で、もう大丈夫だよ、と答えた。
その笑顔に若干の違和感を感じながらも、私は素直にその言葉を受け取った。
蓮くんは昔から、少し大人びていた。
何でも自分で出来たし、周りを頼ろうとする事も殆どなかった。
その時もそうだった、蓮くんの笑顔の仮面は、あまりにも綺麗すぎた。
お葬式から数日後、蓮くんは高熱で倒れた。
私の前で、救急車で運ばれていく蓮くんは、意識が朦朧としていた。
涙を流しながら、お父さん、お母さん、と魘される蓮くんの姿に、私はショックをうけた。
家に帰ると、酷い熱で、生死を彷徨っていると親が話しているのが聞こえた。
私は、蓮くんを連れて行かないでくださいと、必死で神様にお祈りした。
それと同時に、笑顔の違和感に気がついていたのに、どうして何もしなかったんだと自分を責めた。
(蓮くんが死んでしまったら、それは、私が殺したみたいなものじゃないの。
そんな事ない、だって蓮くんが大丈夫だっていってたから。
蓮くんは死んでない。絶対助かる。
でも、私しか気がついていなかったのに、もっとはやく何かできてたら、もし、もし蓮くんが死んでしまったら)
頭の中がぐるぐると自分を責めては、自分を庇い、吐き気を催すような自己嫌悪と恐怖で私はおかしくなりそうだった。
その日から、私は人の負の感情に敏感になった。
視線、仕草、声色、表情、負の感情を持っていないか、自然と気を配るようになった。
そして、もしもそれに気がつくと、何より優先して動いた。
優しくしてあげたいんじゃない、助けてあげたいんじゃない。
ーーただ、もう後悔したくなかったから。
私の心を、守りたかったから。
自分本位な感情もなく、ただ優しい子だねと言われていた、昔の私はもういない。
私の優しさは、綺麗じゃない。
「こんな利己的な考え、偽善者、だよね」
自分の想いを知ってしまった今、私はどうしたらいいんだろう。
目を瞑り、私は思いを馳せた。
「ひなこ、大丈夫か?」
扉が開く音がして、綾人くんが鞄を持って、入ってくる。
そして、ピタッと立ち止まる。
「異形の匂いがする……それに、兄貴の匂いも」
鼻をひくひくしながら、キョロキョロ見回す。
「異形が出て、兄貴が倒した感じか?」
「うん、そうなの。だから私は大丈夫だよ!異形はもう消えちゃった」
少し落ち着きを取り戻した私は、綾人くんの方に顔を向ける。
綾人くんは私の前に立ち、そっと頬に触れる。
「ひなこ、泣いた?少し目が赤い」
「……ちょっとだけ。少し昔の事思い出して」
私は少し口籠もりながら、視線を逸らす。
「異形、気がつけなくてごめんな」
「ううん!大丈夫、元気だし!ぴんぴんしてるよ!」
私はほらっと、腕を上下に揺らす。
心配そうな綾人くんに、ぽつりとこぼす。
「……前、綾人くんが言ってたよね。私は優しいって言われると、苦しそうって」
「うん、言った」
私は、布団をぎゅっと握りながら、言葉を選ぶ。
「私、優しいって言われるの、嫌なの。そんな資格、ないから」
「なんで?」
綾人くんは、ベッドの端に腰をかけ、私に向き直す。
「私、優しくないんだ。誰かのためじゃなくて、自分の為に動いてるだけなの」
下を向き、唇を噛み締め、呟く。
「……偽善者なの、きっと」
綾人くんは、そんな私をじっと見つめる。
少しだけ間が開いて、口を開く。
「それで、何で優しいって言われたらダメなんだ?」
「本当の意味での、優しさじゃないと思うから。本当に優しい人って、もっとそんな汚い感情持ち合わせていないと思うから」
私は、自分の中の汚い感情を、少しずつ吐露する。
でも、それは綾人くんに幻滅されにくいように、選んだ言葉ばかりで、そんな自分にまた少し幻滅する。
「ひなこはさ、どうして自分の気持ちを、他人と比較するんだ?」
綾人くんの言葉に、私は顔をあげる。
少しだけ、昔の話をするな、と前置きして、彼は話し出す。
「昔、俺の家に仕えてた庭師のおじさんがいてさ。俺が吸血鬼なの知った上で、優しくしてくれてたんだ」
綾人くんは、その頃を思い出しているのか、嬉しそうに笑う。
「ある日、俺が内緒で飼ってた小鳥が死んじゃった事があったんだ。それで悲しくて泣いてたら、母さんに、吸血鬼なのにそんなことで泣くなんて可笑しいって言われてた」
「だから、感情を押し殺そうとして、泣かないように、お墓を作っていた。そしたら、その庭師のおじさんがきて、どうしたんだ?って声をなけられた」
「俺は、全部はなした。そしたら、おじさんが言ったんだ」
「悲しいって気持ちは、自分のものだ。
だから、他の人と比べたり、あの人より、あの事より辛い事じゃないから、悲しいって思っちゃいけないなんて、思わなくて良いんだって」
「程度なんて関係ない、自分の中から湧き上がった気持ちを、大事にしてあげるんだって」
「ひなこの、優しくしたいって思う気持ちも同じじゃないかな?
色んな気持ちが混ざってるのかもしれないけど、でも俺に、優しくしてあげたいって、思ってくれたんだろ?それで、俺は救われた。
それで、いいんじゃない?」
「自分の気持ちを、責めることはないんだよ」
「……いいのかなぁ」
私の目からは、涙が溢れだしていた。
「こんな、私のままでも」
綾人くんは、私の頭をぽんぽんとたたく。
「いいんだよ。人間て、色んな気持ちがあって、それが一緒にいて楽しいんだ」
「だから、ひなこが何で言おうと、俺はひなこは優しいと思う。そう思う、俺の気持ちも否定しないで」
そう言われて、はっとする。
自分の気持ちばかりで、綾人くんの気持ちを否定してしまっていたことを。
「……うん、ありがとう。綾人くん、ありがとう」
私は、綾人くんのシャツを握りしめて、気持ちを伝えた。
ーー私の、気持ちを大事にする
胸の中が、じんわりと暖まっていくような感覚に、私は心地よさを感じていた。
ひなこの気持ちに触れた回でした。
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