第十二話 約束
翌朝、染谷神社に向かいながら、あの夢の事を考えていた。
いままで、ただの夢だと思っていたけれど、何か重要な意味を持っているのかも……。
夢について、2人にも後で共有しないと。
そんな事で頭を巡らせていると、いつもの集合場所についた。
「蓮くん……」
声を掛けようとした時、何か違和感を感じる。
(いつも、読書しながら待ってるのに、今日はしてない)
いつも手に持っている書籍がなく、ぼうっと遠くを眺めている。心ここに在らずとみえる。
「蓮くん、おはよう」
少し躊躇しながら挨拶をする。
蓮くんは、ハッとしたように笑顔をつくる。
「おはよう、ひなこ」
「今日は本読んでないんだね。珍しい」
「ちょうど読みたい本がなくて、帰りに図書室で借りてくるつもりなんだ。
あ、豊穣祭のポスター、祖父さん喜んでたぞ。ありがとな」
蓮くんは、いつもと変わらないように接している。
それでも、少し元気のない声色や、貼りついたような笑顔に、無理に元気に振る舞っているのがわかる。
……蓮くんはいつもそうだ。周りに心配を掛けないように、自分を犠牲にしてしまう。
事故にあった時もそうだった。
ーーだから、私は。
私は蓮くんのシャツの袖をギュッと引っ張る。
蓮くんは驚いた表情で、どうした?と尋ねる。
「蓮くん、私もう頼りない小さい子じゃないよ。
私に出来る事があったら何でも言って欲しい」
蓮くんが、元気がないのは私も辛いから、と伝える。
今の私になら、何かできる事があるかもしれないから。
そんな私をみて、蓮くんは目を細め、私の頭をポンと触る。
「俺の後ろに隠れてばかりだったのに、ひなこは強くなったなぁ」
そう言った後、蓮くんは何か吹っ切れたような、決意したような表情をみせる。
「……うん、大丈夫。ひなこのお陰で吹っ切れたよ」
そういって、前を向きながら呟く。
「絶対に、ひなこを守るから」
そう言われた時、何故か、蓮くんがどこかに行ってしまうような気がして、私は慌てて声をだす。
「私も、私も蓮くん守るからね」
そう言う私を、蓮くんは、ありがとう、と笑った。
ーー私はこの時、蓮くんが何に悩んでいたのか、もっと聞くべきだったと、後に後悔することになる。
目覚めが悪かったからか、午後になると私は体調を崩してしまった。
「失礼します……先生、いますか?」
マコトに支えてもらいながら、ふらふらとした足取りで保健室に入るが、先生はいないようだ。
「とりあえずベッドは空いてるし、寝ておきな」
マコトに促されて、ベッドに横になる。
「鞄とか必要になったら連絡して。また様子見にくるからね」
「ありがとう……助かるよ」
布団を被り、マコトにお礼を言うと、ほっぺたを両手で押される。
「うぺっ?!」
「なんか悩みでもあるんでしょ」
私はドキッとして、目が泳ぐ。
「最近、いつも考え事してるもんね……別に無理に話さなくてもいいけどさ。でも、頼れる事があったらいつでも頼ってよね。友達なんだからさ」
……何かを言わないと、と思いながらも、喉に何かつまったように、言葉が出ない。
なんだかわからないけれど、涙がこぼれ落ちた。
「あれ、なんで、うぅ……」
「ひなこは1人でいつも抱えすぎなんだよ。ほらハンカチ」
マコトに渡されたハンカチを目に当てる。
そのまま少しの間、私の鼻を啜る音だけが部屋に響いた。
「……落ち着いた?」
「……うん、ありがと。ごめんね、マコト」
「ありがとうだけでいいんだって」
マコトはにっと笑う。
「じゃあ、私は行くね。お大事にね」
「うん、ありがとう」
私は笑顔で、ぶんぶんと手を振る。
マコトは片手を小さく上げて、部屋を出ていった。
部屋には静寂が訪れ、私は気がつくと眠っていた。
どれくらい経っただろう。ぽたぽたと、顔に何か水滴が落ちてきた感覚で、私は目が覚めた。
まだよく覚めていない頭のまま、薄らと目を開くと、天井にセーラー服をきた女が四つん這いにぶら下がり、首だけが私の方をみていた。
私の顔に垂れていたのは、濡れた女の髪から滴った水滴だった。
「ひっ……」
思わず声を出した瞬間、女が私目掛けて飛び掛かってきた。
慌ててベッドから飛び降りるが、異形のほうが速く、ぐいっと髪を掴まれる。
「痛っ」
そして、そのまま裂けた口が近づいてくる。
「いやぁっ!」
叫んだ瞬間、女の首が急にへし折れ、そのまま壁に向かって叩きつけられる。
「えっ……」
「危なかったねぇ、ひなこちゃん」
呆然としている私の前に、にこにこと笑う凌先輩が現れた。
「凌先輩が助けてくれたんですよね……ありがとうございます」
「そうだね。俺が助けたね。だから……」
凌先輩は私に顔を近づけ、耳元で囁く。
「お礼をしてもらおうかな」
そう言いながら、耳を齧られ、体がビクッと震える。
そんな私をみて、少し顔を離してにやっと笑う。
「ウブで可愛いね。綾人はそういうところが気に入ったのかなぁ」
先輩は私の髪をさらりと撫でて、問いかける。
「俺や綾人みたいな『搾取する側』と一緒にいて、『家畜側』の君は怖くないの?」
真っ赤な瞳が私の心を見透かそうとするように、冷たく鋭くみつめてくる。
その瞳に射抜かれ、本能的に感じる。
先輩は綾人くんとは違う。
これが本来の吸血鬼の考え方なんだろう、と。
ーーでも
「怖くないです。綾人くんを信じているし、綾人くんは先輩のことを信じてますから」
先輩は、ふぅんと声を出した後、にっこりと微笑む。
「以前会った時も思ったけど、君って、偽善者だよね」
「……え?」
一瞬、何を言われたの理解できなくて、頭が真っ白になる。
「君の綾人をみる視線、何あれ?私が全部受け止めてあげます、みたいな。聖母にでもなったつもり?」
初めて受ける、明確な強い敵意に、私の体も、心も硬直する。
(……こたえなきゃ、えっと)
上手く働かない頭で、必死に答えようとする。
あぁ、そうか、と先輩は満足げに笑う。
そして、私の耳元に顔を寄せ、悪戯っぽくささやく。
「綾人のこと、憐れんでるのか」
先輩は屈んで、私の顔を覗き込む。
「可哀想な綾人くんを、優しい私が助けてあげなきゃ……とでも思ってるの?」
ただの、家畜なのにね。と、目を細める。
「綾人には、お優しい私しかいないものって?」
その言葉に、私の中の何かがプツン、と切れた。
「違う、違う!!私は優しくなんてない!私はただ……!」
ーー脳裏に浮かぶのは、あの日、何もしなかった幼い日の自分。
何度も、何度も後悔した自分。
あんな、想いは、もう……。
自分の中で、蓋をしていた感情が、どろどろと溢れ出す。
その捌け口のように、涙が止まらない。
そんな私をみて、先輩は声をあげて笑う。
「ははははは!」
その落差に、心臓が跳ねる。
先輩は暫く笑った後、私を見つめる。
その瞳からは、冷たさはなくなり、獲物をみつけた蛇のような熱が籠っている。
「興味深いね。君」
そういって、私の髪を指先で撫で、私から離れる。
「揶揄ってごめんね。これからも、綾人と仲良くしてやってよ」
先輩は、片手をあげて、ひらひらと揺らし教室を出ていった。
その姿を呆然と見つめながら、私は動けずにいた。
……頭の中では、先輩の言葉がずっと木霊していた。
気がつけば、保健室には夕陽が差し込み、私の体を真っ赤に染めていた。




