第十話 使命(蓮視点)
俺は神社で祖父さんの帰りを待っていた。
待ちながら、ひなこに描いてもらった豊穣祭のポスターを取り出し、眺める。
こんな状況の中、描いてもらうのは悪いからと断ろうとしたが、こんな時こそ気分転換になるからと描いてくれた。
ひなこらしく、明るくポップなタッチで描かれたポスターにそっと触れる。
(祖父ちゃん、きっと喜ぶな)
ポスターを渡すのもそうだが、稀血について、他に知っている事がないか聞かなければ。
この間、祖父さんに話を聞いた時の事を思い出す。一瞬だったが暗い表情がみえた。
……何か、他にも知っている事があるはずだ。
カタン、と音がして、襖が開く音がした。
「おかえり、祖父さん……」
立ち上がり、玄関に向かうと、そこには神妙な顔つきの祖父さんが立っていた。
「……どうしたの?そんな顔して。遅かったけど、何かあった?」
祖父さんは下を向いたまま、掠れた声で、すまないと小さく呟いた。
「え?何が?」
驚き、聞き返す俺に目線を合わせて、祖父さんは涙を滲ませて話し出す。
「お前には、辛い使命を背負わせることになる。本当にすまない……」
祖父さんの声は、あまりにも痛々しく、動揺を誘った。
「一体何の話をしているの?」
「お前を引き取ったのは、こんな事のためではなかったんだ。それだけは、信じてくれ」
ぶるぶると震える手で、俺の腕を掴みながら、祖父さんは、ぽつりぽつりと話し出した。
「お前も感じているだろ。この街を覆う禍々しい気配を……これは、この街に封印されている堕神の瘴気が、漏れ出しているからだ」
堕神というワードに、驚く。
綾人達、吸血鬼を生みだした存在と、自分の家系に関係があったとは。
「確かに、日に日に禍々しい気配が強くなっているのを感じているけど……これって、封印が解けかけているってことなの?」
祖父さんは、そうだ、と頷く。
「堕神の封印が解ければ、この街の生きとし生けるものは全て命を失うと言われている……街の人々の命を守るため、封印は必ず守らなければならない」
この街が、暗黒に飲み込まれてしまう情景を想像し、息を呑む。
「でも、解けかけている封印をどうやって……」
祖父さんはそこで、戸惑いがちに口を閉じる。
そして、何かを覚悟したように、再度開いた。
「我ら染谷家には、代々受け継いできた使命がある。……我等が信仰する神の力をお借りし、堕神を再封印するのだ」
(再封印、そんなことが可能なら、ひなこが異形に怯えなくてもよくなるじゃないか……!)
俺は、祖父さんの言葉に顔を明るくし、その続きを催促する。
「再封印て、どうやればいいの?」
俺の表情と反対に、祖父さんは表情を曇らせる。
「……人柱となるんだ。自らの命と引き換えに」
そして、と区切り、目を瞑り、続ける。
「この使命を果たせるものは、蓮……お前しかいない」
祖父のその言葉に、頭を強く殴られたような衝撃を受ける。
(……俺の命と、引き換えに?)
体の力が抜け、手に持っていたポスターが、はらりと床に落ちる。
呆然とした意識の中、視線だけでそれを追う。
ポスターを渡してくれた時の、ひなこが脳裏に浮かぶ。
ーーその笑顔を、これからも隣で守りたいと、そう思っていたのに。
目の前に突如現れた、死、という選択肢。
漠然とその重い言葉だけがのし掛かり、思考がまとまらない。
胸に重くのし掛かるそれと、正反対の明るいポスターを、俺はじっと見つめ続けた。




