懲りない第4王子と二人目の聖女
「召喚して働かせるなら、まず雇用契約を結びましょう」の続編です。読んでなくても大丈夫ですが、先にそちらを読んでおいた方が、対比を楽しめると思います。
聖女ヨネコ(仮名)が、八角形をした石造りの召喚部屋から消えた。
何の未練も痕跡も残さず、いなくなった。
せっかく、魔の森の魔物を退治するだけの実力を備えた聖女を召喚できたというのに、やたら厄介なことを言い募った挙句、こちらをバカにしたような捨て台詞を吐いて帰ってしまった。
残された第4王子とその取り巻きは、呆然と見送ることしかできなかった。
「私は、父の元に行ってまいります」
いち早く気を取り直したアイレットは、宰相であるシューレース侯爵のところに向かった。
残りの者たちも、遅ればせながら今後のことを考え始めた。その矢先、
「もう一度、召喚する」
と、殿下が高らかに宣言した。
「「「「「え?」」」」」
思わず出た声が揃った。『正気ですか』という声を呑み込んだのも一緒だ。
「何だ。一度の失敗で諦めるのか。人生はトライ&エラーの繰り返しによって、正解と成功にたどり着くのだ。チャレンジ無くして何の人生だ」
「お、おお?」
殿下のいつにない力強い言葉に、取り巻きたちは煙に巻かれ始めた。実際には、トライ&エラーという、新しく覚えた言葉を使いたかっただけなのだが。
「父上だって、次にちゃんと役に立つ聖女を召喚したら、褒めてくれるはずだ。ヨネコのことは不幸な事故だった。過去にとらわれるな。若い俺たちは未来だけを見据えるのだ。いいか、過去を思うのは年寄りの娯楽だ。未来のない年寄り連中の趣味は放っておけ。よし、召喚だ」
言いたいことだけを言って、殿下は魔導士のウェルトに召喚を促した。
「殿下、本当にやるのですか?」
ウェルトは及び腰だ。
「アイレットが宰相のところに行っている今がチャンスだ。あいつが戻ってきたら、止めろと言うに決まっているからな。何としても、今度こそ、言うことを聞く聖女を召喚するのだ」
「しかし、殿下、私にはもう召喚を行うだけの魔力がありません」
「ふははは、心配するでない。こんなこともあろうかと、王家の宝物庫から、特大の魔石を借りてきているぞ」
「で、殿下、さすがにそれは黙って使うわけには・・・」
「俺は王族だぞ、何の遠慮がいるものか」
「(・・・継承権第4位)」
「今、何か言ったか」
「いえ、しかし、いくら殿下が王族といえど、王家の宝を使うには許可がいるのではありませんか」
「なに、俺は将来王家からは出ることになる。新しい家を興すか、どこぞに婿入りするかは分からないがな。その際、宝物庫の中から何か一つ持ち出して良いことになっているのだ。その前借りだと思えば悪くないだろう?しかも、世に2つとない珍しい宝石であるとか、二度と作れない芸術品というわけでもない。サイズばかりが規格外の魔石だ。いずれこれ以上のものが掘り出されるかもしれない程度のものよ。希少価値は低いと思うのだ。それを選ぶ俺は、むしろ慎み深いとさえ言える。だから、遠慮せず使え」
殿下が懐に隠し持ってい魔石を取り出した。殿下の掌の上の深紅の魔石は美しかった。つやつやと深く輝き、とてもサイズばかりが規格外などと貶める評価をしていいような品ではなかった。
「殿下、これは美し過ぎます。召喚にこれを使えば、魔力が抜けて色を失います。私にはとてもそのようなことはできません」
「むう、そうか。実は俺もそうかな、もったいないかなとは思っていたのだ。だから、これではなく、こちらを使おう」
そういって殿下が次に魔導士に差し出したのは、握り拳ぐらいのごつごつした黒い魔石だった。
「これなら、どうだ」
「ま、まあ、これなら、先ほどの魔石ほどもったいなくはないでしょうな。分かりました、これでやってみましょう」
殿下は密かにほくそ笑んだ。実は先日、弟から教わった技なのだ。
『いい?兄上、最初に無理っぽい条件を出すんだよ。断られる前提で。その後で、ハードルをぐっと下げた要求をすると、聞いてもらえるからね』
試してみたが、こんなにうまくいくとは。宝物庫から、二つ持ち出してきて正解だった。
『でも、なんで黒いヤツの方が頑丈なケースに入っていたんだろうな。赤いヤツの方が無造作に置いてあったぞ。きれいだから、良く見えるようにかな』
「殿下、準備が整いました」
ウェルトに呼ばれて思考が中断された。
「よし、皆、壁際に寄れ。聖女様を迎えるぞ」
「「「は」」」
長い長いウェルトの呪文とともに、ウェルトの持っていた黒い魔石がボロボロと崩れ始めた。かけらが魔法陣に吸い込まれていく。ウェルトの顔が汗と苦渋にゆがむ。
ウェルトが最後の一節を言い終えると、魔法陣は一瞬眩く輝いた。そして壁際の蝋燭の明かりだけに戻ったところで、魔法陣の真ん中に、光の粒をキラキラとまとわせた少女が立っていた。
殿下は気取った様子で近寄り、渾身の王子様スマイルで話しかけた。
「ようこそ聖女様、名はなんという」
「ららぴ(ギャル名)だよ。わぁ、王子様みた~い。やば~い。金髪ぅ、ららぴとおそろ。うける~」
「いかにも、俺はこの国の王子のダニエルという」
「まじ?キティちゃんのボーイフレンドじゃん?ダニエルって」
「キティちゃん? まあ、それはさて置き、ららぴ様、わが国の危機に、私どもの招きに応じてくださったこと、感謝する」
「ええ、なにこれ~、やば~い、召喚てやつぅ?まじ、うけんだけど」
ららぴは、肩をすくめて、手を打ち鳴らすように叩いた。拍手をする要素があっただろうか。殿下をはじめ室内の全員が疑問に思った。
「ららぴ様、実は我がインソール王国では、最近、隣国アウトソール王国との間にある魔の森に、魔物の大量発生を確認しました。それで聖女様のお力でその魔物を」
というところで、聖女ららぴが、話をぶった切った。
「ええ~、まじ無理ぃ。魔物とかやば~ぃ、何この国、あたしのこと拉致してきてぇ、聖女とか言っておだててる~。魔物なんて見たこともないのにぃ、危ないじゃん。死んだらどうしてくれんのぉ」
「それ相応の対価はお払いいたします」
「いくらもらっても、まじ無理~」
「成功した暁には、王族の者との婚姻もありえます」
「なにその苦行ぉ。王族との結婚がご褒美だと思ってんの、まじあたおか~」
「あ、あたおか、とは」
「え~、聞いちゃうのぉ、やば~い、悪口解説してくれって言われたの初めて~、うける~」
「だから何なのだ、あたおかとは」
「頭おかしいの略だよ~、今度使ってみ」
「あたま、おかしい・・・」
「だってさあ~、縁もゆかりもないとこから勝手に連れて来て~、自分たちでもどうしようもない魔物と戦わせるんでしょ~。そんで、王族と結婚できるかもって、それがご褒美だと思ってんの何様ぁ~?あ、王子様か~。王子様ってみんなお城持ってんの~?結婚したら一生贅沢できるのぉ?」
「いやそれは・・・」
「だいたいさぁ、自分の国の危機もぉ、自分たちで何とかできない国なんてさぁ~、ろくでもないじゃん? 文明だって遅れてそうだしぃ? 何この部屋ぁ、今どき石造りとかってぇ、レトロおしゃれのつもりじゃないよねぇ?まじめにやってこの程度の建築技術なわけじゃん?うける~。明かりは蝋燭とか、いつの時代よ~。まじ無理ぃ、こんなとこで暮らすなんてさ~」
殿下は国を馬鹿にされて、屈辱にプルプルと震えた。
「例えばららぴが~、ホントに魔物を退治したとしてさ~、王族との結婚以外に何か良いことあんのぉ?」
「金銀財宝ではダメなのか」
「つまんな~い、やる気ナッシ~ング。うちらギャルわぁ、そういうものに屈しないのが美学なんだよ~、わかるぅ?」
ららぴが、ぎゃんぎゃんのまつ毛で瞬いて殿下を見た。
「わ、分かるかああ!訳の分からないことばかり言いやがって、大人しく言うことをきけ!」
「あ~あ、本音が出ちゃったねぇ~、怒鳴ればいうこと聞くと思ったっしょ。ギャル舐めんな、時代錯誤のいかれぽんちめ」
「いかれぽんち、だと」
「説明しよっかぁ~?」
「い、いや、いい。どうせ悪口なのは分かった」
「王子、学習してんじゃん?」
「ウェルト、ららぴを名で縛れ」
「御意に」
「うわあ~~!はじめて生で聞いた~、ケータイ小説で出てくんの~、主君が命令するとぉ、家来が言うんだ~、『御意に』って、まじうけるんですけどぉ。ほんものじゃ~ん」
「黙らせろ」
「ららぴ κινήσου όπως θέλω(私の意のままに動け)」
「え~、なんかカッコいい~、何語ぉ?英語じゃないよね~、フランス語かなぁ?どっちにしてもわかんないけどね~、うける~」
ららぴは平然と手を打ち鳴らして拍手をしている。いったいこれには何の意味があるのか。
「ねえ、さっき何て言ったのぉ~?」
「ららぴ、お前も仮名なのか!」
「仮名じゃないよぉ、ギャル名だよ~、かわいいっしょ?」
「とにかく本名じゃないんだな!」
「あ~、わかったぁ~。ねえ、あたしトメコっていうんだ~。さっきのカッコいいヤツ、もう一遍言ってみて~」
ダニエルは薄らと笑ってウェルトを促した。
「トメコ κινήσου όπως θέλω(私の意のままに動け)」
「オッケー、今度はあたしの番~。ダニエル κινήσου όπως θέλω(私の意のままに動け)」
「「「「!」」」」
「ダニエル~、右手上げて~、左手上げて~、そのまま三回まわってワンって言ってごらん~」
ダニエル殿下は、ららぴの言う通り、左右の手を上げ、くるくる回ってワンと吠えた。屈辱である。一国の王子ともあろうものが、言われるがままに犬の真似など。
「あはははは、まじうけるんですけど、王子様、カッコ悪~ぃ。でもさぁ、すごいね~、どういう仕組みなのぉ? あたし魔法なんて使えないはずなのにぃ~」
「おそらく、この部屋に十分すぎるほどの魔力が溜まっていることと、ららぴ殿は召喚によって招かれたことで、体に魔力がなじみやすくなっていたのではないかと推測いたします」
「へ~~、おもしろ~ぃ。あたし耳だけは良いからぁ、物真似とか得意なんだよねぇ~。魔法、使えちゃったぁ、まじ感動。あ~、おもしろかったぁ」
「では、ららぴ殿、わが国の危機を救っていただけまいか」
傷心中で呆然としている殿下に代わって、魔導士のウェルトが、ららぴと交渉を始めた。
「ええ~、お断りだよぉ~。あたし、ウォシュレットのないトイレ、まじ無理ぃ」
「それも、どんなものか教えていただければ作りますから」
「それにさぁ、いいのかなぁ~?あたし、無理難題言われたら、ダニエル殿下に色んな命令しちゃうかもぉ~。王族のコケンに関わるっていうの~、大丈夫~?」
殿下の顔が、さらに青ざめた。
「もう、いい」
小さな声で殿下が呟いた。
「殿下、なんとおっしゃいましたか?」
「もういいと言った。ららぴとやらを元の国に送り返せ」
「まじ助かるぅ、あたし3時からカラオケ行く約束してんだよねぇ。うちらこう見えて、約束の時間には厳しいから~、早いとこよろしく~」
「殿下、黒い魔石は先ほど粉々に・・・」
「ええい、構わん、こいつに消えてもらうためには何だってする。この赤い魔石で何とかしろ」
「もったいない・・・」
「俺の尊厳の方が大事だ!早くしろ。アイレットが戻る前に、すべての痕跡を消すのだ」
「御意に」
「あはは~、また出たぁ、御意に御意にぃ、頼むよ魔法使いさ~ん」
「黙れ、やかましい」
そんなこんなで、せっかく召喚したギャルららぴを送り返し、石造りの部屋の面々は、疲労困憊が半端ではなかった。
アイレットが戻って、その異常な様子から、何かあったと察した。頑なに口を閉ざす殿下は諦め、魔導士やその他取り巻き連中から事の次第を聞かされたアイレットは、痛む頭を押さえながら、再び父である宰相の元へ向かった。
一度ならず二度までも勝手に異世界から聖女を召喚し、どちらからも魔物退治への協力を断られている。しかも、二人目に関しては、宝物庫の大切な魔石を二つも使ってしまった。その黒い魔石は、かつてこの国の英雄が倒したという竜が抱いていた玉が、壮絶な戦いの中で燃える過程で変質し、膨大な魔力を含んだ魔石となったというものだ。見た目の地味さからは想像もできない希少価値の高いものだった。赤い魔石の方は、単に麗しい見てくれが自慢の魔石だった。そんな赤色の魔石でも、ららぴを送り返すことができたのは、黒い魔石の粉が大量に魔法陣に溶け込んでいて、一時的にあの部屋の中が異常なほどに魔力にあふれていたからだった。二度とその再現はできないだろう。
一連の出来事の詳細な報告を受けた国王は、王笏をギリギリと握りしめ、煮え滾る怒りをなんとか抑え込んでいた。黒い魔石を使いつぶしたくだりに至ると、逆上して脳の血管がぶち切れるのではないかと、周りが恐れるほどの顔色だった。
それからしばらく国王は黙り込んでいた。何を思い、何を決めるのか、皆、かたずを呑んで見守っていた。どれほど時間がたった頃か、国王が顔を上げた。
「ダニエルを呼べ」
陛下の静かな声から、アイレットは、自分も側近としてただでは済まないだろうなと覚悟を決めた。バカで尊大で困った殿下だが、なぜか見捨てられないところがあったのだ。それを良しとしてしまった自分も罰を受けるのは当然だ。やり直すチャンスをもらえるのなら、殿下と一緒にやり直そうと思った。今度こそ間違えないように。
読んでいただき、ありがとうございました。




