世界征服
新生魔族あらため新生魔王です。こんにちは。
魔王となって早百年、無事世界を征服しました。終わり。
今北産業が二行で終わってしまった。
我ながら、迅速かつ的確な仕事ぶりに眩暈がする。小児に多い起立性調節障害だろうか。
まだぴっちぴちの二百歳だから仕方ない。小児だから。
小児にこんな重責を押し付けるなど、流石は邪神様、邪悪である。しかも異界から誘拐してきた魂で作った眷属なのにこの扱い、極悪である。心の底から貶しても邪神様には誉め言葉にしかならないが。
ただでさえ多忙な魔王業に加えて、毎晩毎晩、邪神様の完徹マリカ大会に付き合わされるのである。ブラック企業で死んでブラック企業に転生した私、可哀想。
魔王就任後の盆と年末進行が一度に来たかのような地獄絵図に比べれば、これでも余裕があるほうだが。いかん、コモドドラゴンの毒液に毒されている。完徹マリカ大会は一見お遊びに見えて、ばっちり接待労働である。時間外労働、だめ、絶対。
ストライキで戦ったところで完徹ぷよになるだけだが。ドクターマリオ派なんですよね。
労働基準法がないのが辛い。百年かかって勝ち取ったのが、昼寝時間だけだなんて。完徹記録を年単位で更新していた就任当初に比べたらまだましだが。魔族でなかったら死んでいた。ブラックどころかコールタール色だ、てかてかしやがってこの野郎。
ああ、今思い返しても、就任して数年は地獄のような忙しさだった。
赤子の身でよく乗り切ったものだ。称えよ。
あ、邪神様チックになってしまった。気を付けねば。邪神、だめ、絶対。
ちなみに世界を征服した方法だが、世界中の生き残り魔族を10年かかってこの魔大陸に呼び集めて鎖国した。
鎖国してあとは放置プレイを90年。めでたく人間どもが自滅しました。
10年20年は人間どもは自分達の争いの原因をすべて魔族に擦り付けた。
戦争も天災も疾病も交通事故も財産争いも刃傷沙汰もすべて魔族のせい。
人間は被害者、悪くない。
そんなわけあるか。
数十年は人間もそれで自分達を騙せた。
だって些細な失敗や悪事を魔族に擦り付けた経験なんて、齢ななつの子どもでもあるのだから嘘つけと思っていても表立って否定はできない。否定なんてしてみろ? 魔族をかばったアイツは魔族だ、この災害はアイツが引き起こしたんだ、の冤罪三弾論法である。
だから黙る。それが人間の処世術だった。
しかしである。
魔大陸を鎖国して50年もたつと、寿命の短い人間にとって魔族の存在はおとぎ話になっていた。なんせ直接見た人間はよれよれの老人ばかり、おじいちゃんおばああちゃんの似非教訓話を若者も子どもも信じたりしない。ぼけちゃったのねと。
それでもしばらくは、都合の悪いことを魔族に擦り付ける輩はいた。犯罪者とか犯罪組織とか国家とか。
でもさらに20年も経つとそれも厳しくなった。魔族? 何言ってんの? 頭大丈夫かってものである。
そして罪を擦り付ける敵を失った人類は文明が壊滅するまで殺し合って自滅した。
今となっては各地に小規模な群れを残すだけの絶滅危惧種である。集住による数の暴力こそが個体では脆弱な人類の強みだったにも関わらず人口ボーナスを失ったのだ。個体能力の弱さを補っていた文明の利器も、その文明を維持できなくなって消滅した。最早鉄器も作れない人類がかつての頭数を回復することは難しいだろう。熊にも負けるし、あいつら。
ふふふ、計画通り。
決して、しばらく策謀のふりをして鎖国してふんぞり返り、やっぱり無理でしたと退職しようとしたのに予想外にうまくいってしまったわけではない。
本当に全く想定してなかったわけではないのだ。
心の底でほんの少し、これで人間が絶滅するかもしれないなと髪の毛ほどは思っていた。
だから嘘はついてない。
偉大なる邪神の慧眼により選ばれた新進気鋭の魔王たるこの私が、わずか百年足らずで魔族の宿願を果たしたのである。再び魔族は各大陸に散り、魔族同士で覇権を争っている。
称えよ。(低い声)
大金星だし、もう引退していいかな?
「ならん」
「絶対、私の思考を読んでいらっしゃいますよね、邪神様?」
「今までとは属性すべてが真逆の存在を魔王に選んだこの邪神様の慧眼よ。」
そんなお気軽に私の六畳一間に降臨しないでください、邪神様。大広間で無駄に仰々しく降臨していたのはなんだったんですか。
あと、あみだくじ設定はどこに行ったんですか。やっぱりイカサマだったんですね。
せめて私が退職するまで騙しきってくださいよ。
マリカではめ殺すぞ。
「受けて立とう」
もしかして?
邪神様 マゾ
毎回はめ殺されるのに何十万回も繰り返すなんておかしいと思っていた。
悪徳の栄えといえばサドにマゾ。邪神様ならコンプリートしていても当然だった!
では邪神様はマゾ的快感を味わいたいがために、部下にマリカで惨敗し続けているのか。
今までの対応がすべて間違っていたなんて!
撤退を許されなかった私は戦術を変更した。マゾ的快感は他所で得てください。
退職届をコモドドラゴンチックな爪にねじ込みたい私と、私の寿命が尽きるまで魔王としてこき使いたい邪神様の間では、今も熾烈な戦いが続いている。
「もう世界は魔族が征服したのだし、これからは頭脳派ではなく、武力で世界を平定する存在が必要です。代替わりを!」
「生態系が安定するまで種の滅亡と進化を繰り返すのは想定内だから魔族大戦続行の現状維持でおk」
弱肉強食、生き馬の目を抜く、無秩序、そんなもののために世界を征服したのですか、邪神様?
いや、闘争こそ魔族だった。混沌こそ常態。うっかりしていた。まあ、適者生存が自然界の掟、そのうち生態系は安定するだろう。人間は絶滅しているかもしれないが。魔族の序列もいずれ決まる。どうせ私は安定の最底辺だしどうでもいい。魔王なのに。
ほっとこう。仕事しないことが仕事。素晴らしい。苦節百年、ようやくこの域まで辿り着いた。
なんせ本当に大変だったのだ。
他大陸の魔族を説得して魔大陸に引っ越させたり、嫌がる魔族を魔族的話し合いで連れてきたり、数を減らしたとはいえ世界中の魔族を魔大陸に集めたために各種族で争いが勃発したのを天下一武闘会形式で発散させたり、勝った奴が領地総取り形式にして敗者の不満を魔王ではなく優勝者に向けさせたり、ついでに胴元になって大儲けしたり、死ぬほど忙しかったのだ。魔族でなかったら過労で死んでいた。懐は潤った。退職金も十分だ!
「邪神様、退職届を受け取ってください!」
「だが断る」
オレたちの戦いはこれからだ!
マリカ邪神とマリオ魔王。
2025/07/31 訂正 文明の利器によって補っていた個体能力の弱さも、
→個体能力の弱さを補っていた文明の利器も、