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魔王就任

「お前を魔王に任命する」


我らが魔族の偉大なる邪神は厳かにそう宣った。


邪神殿の広すぎて端が見えない大広間には、古参から若手まで魔族の上から数えて1割に入るだろう実力者たちが満遍なく集められていた。


私はもちろん、若手である。

齢百歳だが若手である。

長寿の魔族からすると百歳など赤子に毛が生えたレベルである。

次期魔王を決定する御前会議に赤子を呼ぶなよ。


と言いたいところだが、実は私は邪神様が各世界から奪ってきた知的生物の魂を使って生み出した新生魔族の一人なのである。まさに虎の子。

我々新生魔族は、異世界の力や知識を取り入れるために、魂の記憶もそのままに魔族として生み出された。

ちなみに郷愁を抱かせないためか、魔族に変性させるために憎悪が必要だったのか、元の世界ではろくでもない死を迎えた魂ばかりである。

全44名の新生魔族のうち33名に聞いた結果なので統計的にも間違いない。あとの11名は会話が成り立たなかった。これだから脳筋は。脳みそもないのが半分だが。なんで会話が成り立っているのだろう。異世界すごい。


閑話休題。

今は偉大なる邪神様が魔王城に降臨され、空位となった次期魔王を決める厳かな儀式の真っ最中である。

辛く苦しかった半生を思い返している場合ではない。


「聞いておるのか」


全くだ。

邪神様のお告げである。

さっさと前に出ろ。


「お前だ」


お前だよ、お前。早くしろ。


目立たないよう隅っこに存在感なく立っている私の前にいた大勢の巨大だったり凶悪だったり陰険だったりする魔族たちが一瞬で左右に別れた。モーセか。魔族だけど。

空気を読むことに長けている私は、もちろん流れに遅れることなく、岩にせかるる滝川のごとくすっと左に避けた。

邪神様が堂々たる歩みで開けた道を歩いてらっしゃる。

そろそろ敬語を思いつかなくなってきたので、早く終わってくれないだろうか。


間違っても目が合わないよう下を向いて床の砂粒を数えている私の視界に、コモドドラゴンを巨大化して間近で見たらこんな感じだろうかと思わせる立派な足が入った。爪がえぐい。床に傷がつきそうだ。魔族みんな土足だけど。美しく磨き上げられた黒い床板がたった数時間で砂粒だらけだけど。邪神様に室内履きの利点を奏上せねば。あの足にスリッパが入るのか疑わしいが。

ちなみに、コモドドラゴンは血液凝固を阻害し、血圧を急低下させる毒液を持っていて噛まれるとやばいそうだ。おまけに共食いする。しかも幼体をだ。子どもドラゴンは大人ドラゴンを避けるために木の上で生活するとか。誰だよ、同属殺しは人間だけとか抜かした奴は。

全く、異世界の魂を捕獲して魔族に変性させる邪神様に相応しい足だ。いよっ、宇宙一の危険生物。


「聞こえんのか」

「ぎゃああああ」


コモドドラゴンの凶悪な爪が私の頭部をアイアンクローしている!!

help!

ぎぶぎぶ!

タップを3回、床に手が届かない! 足もだ!

ああ、目の前が遠くなる。

短い魔族生だった……。



「寝たふりをするでない」


投げられた。

魔王の玉座に。

邪神様が降臨した時に限って下座扱いになる、邪神様直下の特等席に。


骨で椅子を形成するのは座り心地が悪いと思います。

そんなことは口にしない。絶対だ。

一言でも漏らせば、血沸き肉躍る生きたまま生皮を剥がされたほっかほかの湯気立ち上る生肉を椅子にされかねない。

たとえ、首が脱臼するほどの勢いで玉座に投げつけられ、玉座の骨が4本ほど突き刺さって動けなくとも決して口にしてはならない。よいこのお約束だ。いいね。


「皆のもの、新しい魔王の誕生だ。賞賛せよ」


端が見えないほどの広間が、雑多な魔族の雄叫びやらなにやらで鳴動する。

常ならば私も賑やかしに指笛で参加するところだが、玉座の骨が肺を貫通していて一音も鳴らせそうにない。

傷口から空気が漏れる音ならヒューヒューうるさいが。


というかなんで私が次期魔王なんですか。

自慢じゃないが、新生魔族44体の中でも最弱ですが。

多様性がどうとかで、邪神様が色んな世界から節操なく攫ってきた魂を使っているので、新生魔族は属性も様々、性格も諸々、人生も色々、戦闘力もそれぞれ、生態もばらばら、古参の魔族を凌ぐ戦闘力の持ち主もいれば、私のように魔王様に元の世界のあらゆる雑学を献上するだけの存在もいる。ちなみに間違って覚えていたら調べようがないのでそのままだ。なんなら間違っていることすらわからない。自分は正しいと思っているので。

その私がなんで次期魔王?


邪神様、空気読んで!

空気とは何か、事細かに説明しましたよね! 吸うのではなく読むのですよ。

ほら、邪神様がいるからみんな賞賛の雄叫びをあげているけれど、まったく納得してない顔ですよ、よく見て! どこが顔だかわからない個体も多いけど。多様性うぜえ。

邪神様がひっこんだら、すぐに下克上しにくる顔ですよ、あれは。顔わからないのが半分だけど。


はっ、実は私を殺そうとしていますか、邪神様?!

昨日、マリカではめ殺したことを根に持っているんですね!

それとも一昨日おじゃまぷよを画面いっぱい降らせたことですか!

悪気はなかったんです。こういう遊び方をするとお伝えするには実践するのが一番だっただけで!

邪神様の爪だとコントローラーを操作するのも一苦労でしたよね。わかってます。何をやらせても天才の邪神様の退屈をおなぐさめしようと、知恵を絞った結果だったんです。悔しさや敗北という邪神生では味わえない感情を献上品としようと……。あっ、敗北は他の神と人類に飽きるほど味わわせてもらってましたね。失敗でした。認めます。


「我々はこれまで神と人類に幾度となく煮え湯を味わわされてきた」


やっべえ、口から出てた?! ひゅーひゅーなのに。


「きゃつらは森を焼き、川をせき止め、地を剥ぎ、我々をこの星最小のこの大陸に追い立てた。

それだけでなく、森を焼いた煙による病を、川をせき止めたゆえの干ばつを、地を剥ぎ取ったことによる飢饉を、集住による伝染病を、個人から国まであらゆる規模の物欲、性欲ゆえの奪い合いを、すべて我ら魔族の責としてきた。自身の足元に自ら火を付けたにも関わらずだ」


どこの人類も変わらないですね。

ところで玉座に突き刺さったままピクリとも動けないんですが、抜いてもらえませんか? 玉座の真上で演説されると、振動が響いて痛いんですが。わざとですか。そうですか。


「我々より遥かに悪辣な悪の権化が正義を語り罪を擦り付け虐殺を繰り返す。悪を蔑みながら悪を成す。お笑いではないか。

醜悪な己の有様を見せつけ、その偽りの正義を粉砕したとき、きゃつらはどんな顔をするだろうか。

想像してみよ。今までに見たこともない楽しい顔を見せてくれるとは思わぬか」


カタストロフィーですね。わかります。

ところで玉座の骨から抜いていただけませんかね。ひゅーひゅー。


「よって新たな魔王は、武力ではなく、知力で戦うものを選んだ。

新魔王は、お前達に今までにない戦いを見せるだろう」


ええっ、そんな理由が?

腰ぎんちゃく、おべっか使い、宮廷道化師と散々こき下ろされてきた私が、邪神様にそれほど評価されていたなんて。正直、ちょっと嬉しいです。なけなしの自尊心が高揚しています。

それはそれとして魔王任命は迷惑ですけど。そんな責任重大な、重たい仕事は勘弁してほしいのですが。

現場の兵隊としてそこそこの評価を得つつ、責任は負わず、敗戦の時はとんずらしても追われない程度の存在感でお願いします。


「新魔王の作戦に従え。どれほど迂遠であろうと、こやつは必ず成し遂げる。

武力とは違った方法で、きゃつらに引導をわたすだろう。正義気取りの愚物どもに自らの邪悪さを存分に見せつけたうえでな」


引導は仏教用語ですが魔族の皆様に通じますかね?

邪神様の言う事なら意味がわからなくても従いますか、そうですか。多分、魔王様の言ってる事半分も理解されてないと思いますよ。だから空気を読めって……


「こたびの魔王選定は、体制を完全に一新するために異界の儀式にて執り行った。その儀式に一切の欺騙(ぎへん)なきことは、お前達が何より知っておろう」


なんと私が花を摘みに行っている間にそのような厳かな儀式が行われていたとは!


「このあみだくじでな」


あみだくじかよ!

騙されてるぞ、魔族たち!

それ絶対、答に合わせて横線を入れたでしょうが!

49日前にあみだくじでおやつを総取りしたことをいまだ恨んでいたとは。

流石は邪神様、心が猫の額より狭く、マリアナ海溝より執念深い!


そういうわけで、魔王になりました。初仕事は退任式にしたいと思います。

2025/07/31 誤字修正 マリアナ海峡→マリアナ海溝

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