第九話「四つ目のブランコ」
公園の遊具は、昼間は子どもの遊び場でも、
夜になると“異界との接点”のように見えてきます。
「ブランコの数が合わない」というささやかな異常が、
やがてひとつの失踪事件を照らしていく構造にしました。
その公園には、ブランコが三つしかない。
にもかかわらず、夜になると四つ目が揺れるという噂があった。
しかもそれを見た者には、共通した奇妙な現象が起きるという。
「夜中、家の前でブランコの軋む音がするんです」
「カーテンを開けると、通学用のランドセルがぶら下がってて……」
依頼者は、近隣に住む女性。
娘が夢遊病のように「公園に行かなきゃ」と呟くのが怖くなり、調査を依頼してきた。
公園は、郊外の住宅地に囲まれた小さな場所だった。
古い遊具、街灯の届かない隅。
確かに、ブランコは三つしかない。
だが、近づくと明らかに“空間”が不自然だった。
三つのブランコの間隔が妙に広く、“四つ目”があった場所を避けるような配置。
それに、ブランコの両端にしかないはずの鎖が――真ん中にもぶら下がっていた。
俺は夜、公園に張り込んだ。
風はなく、空気がぬるかった。
午前2時過ぎ、音が鳴った。
キィ……キィ……と、鉄がこすれるような音。
確かに、三つあるはずのブランコの**“中央でない場所”が揺れていた。**
見た。
そこに少女が乗っていた。
セーラー服。短い髪。
顔は見えない。
ただ、揺れるたびに、小さな靴が地面を蹴っていた。
俺が懐中電灯を向けた瞬間――
彼女は消えた。
翌日、図書館で過去の新聞記事を調べた。
すると、25年前にこの公園で小学生の少女が失踪していた記録が出てきた。
名は三崎由依、当時11歳。
最後に目撃されたのが、放課後のこの公園。
その後、川でランドセルだけが見つかった。
だが、遺体は今も発見されていない。
当時、住民の中には「四人目のブランコに乗っていた」と証言した者もいた。
だが、「そもそも三つしかなかった」と警察は取り合わなかった。
そしてその証言者たちも、数年以内に何らかの事故や精神的疾患で亡くなっている。
“見た者は連れていかれる”
という噂は、静かに住民の間で封じられた。
俺は報告書にこう記した。
「不可解な目撃情報と、過去の失踪事件の記録に一致あり」
「少女の存在は“怪異”というより、残された記憶の反射」
「四つ目のブランコが見える者は、おそらく“何かを欠いた者”」
数日後、依頼者から連絡があった。
「娘が、“あの子もう帰っていいって”って言ったんです。
その夜から、家の前の音も、夢も、全部消えました」
俺は何も答えなかった。
だが、ふと気になって公園を訪れると――
ブランコの下に、小さな靴跡が四つ並んでいた。
人は、亡くなった存在を“ここにいた”という証拠で留めようとします。
だが、彼らのほうが、“ここにいたかった”のかもしれない。
忘れ去られた記憶が、ブランコを揺らしている。
それは風ではなく――悔いの重さかもしれない。