第八十七話「燃えない神棚」
祈りは、
届かなくても、そこに残る。
だからこそ、
忘れ去られることを、最も恐れる。
解体作業中の旧民家が火事を起こした。
全焼――
しかし、焼け跡の中心に**“一箇所だけ焦げていない”**場所があった。
古びた神棚だった。
「信じたくないが……あれが“燃えなかった”んだ」
現場監督の声には、恐怖がにじんでいた。
さらに不審なことに、その神棚に手を触れた作業員が、
その日の夜に高所から転落。命に別状はなかったが、事故原因は不明のまま。
依頼を受けて、俺は現場に向かった。
焼け跡にぽつりと立つ、煤ひとつついていない神棚。
風もないのに、上に吊されたしめ縄が揺れていた。
俺は地元の古老から話を聞いた。
「あそこにはな、かつて小さな祠があった。
火事で焼けてから、家を建てたんだが……
神様は“まだそこにいる”って、昔から言われててな」
「“見えなくなった祈り”は、時に、怒る」
調査を進めると、20年前にその家で**“子どもが突然失踪した事件”**があったことがわかった。
名前は神谷陽人、当時6歳。
裏山に向かったきり、帰ってこなかったという。
母親が供養のために神棚を祀り、毎日祈っていたが――
その家も数年後に手放され、住む者もいなくなった。
つまり、その神棚には**“果たされなかった祈り”**がずっと残されていたのだ。
俺は、焼け跡に戻り、残った神棚の前に座る。
その空間だけ、まるで時間の流れが止まっていた。
すると、小さな声が聞こえた。
「……ママが、来なかった……
ずっと、ここにいるのに……」
それは、陽人の声だったのかもしれない。
俺は神棚の前で、静かに手を合わせた。
「迎えに来た。
お前を置いていったんじゃない。
ただ、道が見えなかっただけなんだ」
その瞬間、神棚のしめ縄がふっと切れた。
風もないのに、灰が小さく舞う。
神棚は音もなく崩れ、今度こそ、燃え尽きた。
翌日、神棚に触れて事故を起こした作業員が目を覚ました。
こう言ったという。
「夢で、子どもに肩を叩かれて……
“もう、帰っていいよ”って」
次回・第88話「見えざる掃除夫」では、
夜な夜なオフィスに現れる“誰か”。
掃除をし、資料を並べ、書類を片付ける。
だがその姿を“見た者は、消える”という――。




