第八十六話「白い踊り場」
昇ることは、
生きることに似ている。
だが、“終わりのない上昇”は、
時に人の足元を喰らう。
都内の再開発地区。
取り壊し寸前の廃ビル・第七日光ビル。
その非常階段で、数名の若者が“行方不明”となった。
残されたのは、1人の男の記録映像。
「階段を昇るごとに……何かが変わっていく。
途中で、踊り場の色が“白く”なったんだ。
あそこから、戻れなかった」
映像が止まる直前、画面が一瞬ブレる。
白い壁。白い床。白い天井。
だが、音だけが“どこかの群衆のざわめき”のように、微かに聞こえていた。
俺が現地に到着したとき、ビルの外観は古びていたが、外階段だけはやけに綺麗に保たれていた。
管理者に聞いても、掃除した記憶はないという。
「あそこは誰も触ってない。
けど、妙に……新しいんだよな」
非常階段を上り始める。
1階、2階、3階……と、何も起きない。
だが、7階の踊り場だけ、明らかに様子が違った。
白い。無機質すぎるほどに。
そして、足音が“吸い込まれる”。
俺の後ろに誰かがいる――そんな錯覚を覚える。
「ここ、上に行くと、もっと“上”が見えるんですよ……」
それは以前に行方不明になった青年、立花の声だった。
俺は彼の記録を元にさらに調べ、ある事実に辿り着く。
このビルにはかつて自己啓発セミナー会社が入っていた。
「成功の階段」という名のプログラム。
昇るごとに“自己評価を高め、他者を見下ろす快感”を覚えるという洗脳的手法だった。
「上に行けば行くほど、自分は特別になれる――」
その思想が、異形の“階段”そのものに染みついていたのだ。
俺は白い踊り場で立ち止まり、声をかける。
「もう、十分だろう。
“上”には、誰もいない。
いるのは、自分の影だけだ」
一瞬、空気がうねり、白い壁が薄く揺らめいた。
どこからともなく、人影が何人も現れては、溶けていく。
――過去に迷い込んだ者たちの残滓だろう。
やがて、白い踊り場は音もなく、普通のコンクリ壁に戻っていた。
数日後、行方不明だった青年の1人が、自宅で目を覚ました。
こうつぶやいたという。
「夢を見てた……ずっと昇ってて、
最後に、誰かに“もういい”って言われた」
次回・第87話「燃えない神棚」では、
取り壊し現場で“燃えずに残った神棚”を中心に起きる連続事故。
消えない祈りと、鎮められなかった神の記憶に迫る。




