第八十三話「海鳴りの手紙」
言葉は、届かなくても残る。
残った想いは、
やがて潮の音に溶けて、
誰かの胸に帰ってくる。
海沿いの町、潮波町。
駅前の郵便局に一通の手紙が届いた。
宛名は、3年前に海で亡くなった女性・古賀沙織。
差出人は、彼女自身の名前だった。
「差出人が“死者”なんですよ。…何か、変ですよね」
依頼を持ち込んできたのは、郵便局員の木田。
彼は言う。
「しかも、ここ数日、港で“誰かが泣いている”って通報が相次いでるんです。
夜中、誰もいないはずの桟橋で、すすり泣きの声が響くって」
海辺の町に足を踏み入れた瞬間、潮の匂いとともに、空気が異様に湿っているのを感じた。
まるで、空気そのものが“泣いている”ようだった。
俺は沙織の両親を訪ねた。
彼らは、手紙の筆跡を見て小さく震えた。
「……確かに、娘の字です。…でも、信じたくない」
手紙には、短い一文だけが綴られていた。
「また、あの桟橋で、待ってます。」
3年前の事故記録を洗うと、ひとつ不可解な点があった。
彼女の遺体が見つかったのは“満潮より内側”。
つまり、飛び込んだのではなく、“何かに引き込まれた”可能性があった。
さらに、当時彼女と最後に一緒にいたとされる幼なじみの男が、事件後に町を出ていた。
俺は夜の桟橋に立った。
満月が水面を照らし、波が静かに寄せては返す。
ふいに、誰かのすすり泣きが聞こえた。
桟橋の先、灯りのないベンチに“誰か”が座っている。
近づくと、女の長い髪。
だが、顔がない。
あるはずの輪郭が、波に滲んでいた。
「待ってたの。ずっと、ずっと……」
その瞬間、後ろから足音。
現れたのは、町を出た男――西原真。
彼の手には、古びた日記帳があった。
「本当は……俺が悪いんだ。
ケンカして、突き放したんだ……
なのに、あいつ、謝る手紙を出してきてて……
届かなかった。間に合わなかった……!」
俺は静かに言った。
「それでも彼女は、最後にもう一度、会いに来た。
お前が立ち止まることを、望んではいない」
泣き崩れる彼の背後で、女の影が立ち上がった。
波の音が、すすり泣きから、風のざわめきへと変わる。
そして、静かに消えた。
次回・第84話「鍵のない部屋」では、
完全密室で起きた不可解な死。
その扉を開ける“鍵”は、この世に存在しない。
探偵が挑むのは、“ありえない閉鎖空間”の真相。




