第八十一話「影の遺言」
遺された言葉は、
贈り物か、罰か。
影を背負う覚悟なき者には、
それは災いとして降りかかる。
港区の高台にある洋館で、ある資産家の葬儀がひっそりと執り行われた。
名は、篠村秋一。
政財界にも名を知られた老人だったが、晩年は家族と疎遠だったという。
探偵である俺のもとに声がかかったのは、葬儀の翌日。
依頼人は篠村家の長男・篠村啓吾。
「遺言状が……読んだ途端、屋敷の空気が変わったんです。
そして、次々に“おかしなこと”が起き始めた」
屋敷に着いた俺を迎えたのは、重苦しい静寂。
家政婦は一人、恐怖に顔をこわばらせながら語った。
「屋敷の鏡に……“あの方”の姿が映るんです。
もう亡くなったはずなのに……」
遺言状を保管する書斎に通される。
分厚い封筒の封はすでに破られていた。
中には、手書きの文章と、もう一枚の紙が。
そこには、こんな一文が添えられていた。
「この文を読む者よ、願わくば“真実”に触れぬこと。
遺産とは、影を背負う資格である」
それ以来、家族の中に奇妙な変化が起きていた。
・夜な夜な誰かのすすり泣く声が聞こえる。
・玄関のベルが鳴っても誰もいない。
・姿見には、“いないはずの家族”の影が映る。
俺は家族を一人ずつ呼び、話を聞いた。
すると見えてきたのは、遺産にまつわる確執と――
封印された「もうひとつの遺言」の存在だった。
篠村秋一には、隠し子がいた。
20年前、婚外子として生まれた彼は存在を否定され、
遺産からも“影のように”抹消されていた。
俺は書斎の壁の裏に、隠し引き出しを見つける。
そこには、火を通したように焼け焦げた手紙がひとつ。
「すべての財は、彼に渡してやってくれ。
名を、残してやれなかった償いに」
この手紙が読まれることを、秋一は“呪い”に変えた。
真実を暴く者が、家の“影”を揺り起こすように――
俺は封印された遺言を家族に見せた。
黙して語らぬ彼らの表情に、後悔と恐怖が交錯する。
だが、その夜を境に、家に巣くっていた“影”は静かに消えた。
次回・第82話「影踏み」では、
日没と共に消える子どもたち。
誰かが“影を踏んで連れて行く”という噂。
探偵は、影そのものが獣と化す夜に挑む。




