第七十八話「顔のない訪問者」
見えないものは、
存在しないとは限らない。
心に刻んだ顔ほど、
時に最も曖昧になる。
港町にある古い洋館。
依頼人は、そこに一人で暮らす老婦人・白崎志乃。
「夜になると、玄関のチャイムが鳴るんです。
でも、カメラに“顔が映らない”人が立っているの……」
俺が館を訪れたのは午後五時。
西陽が長く伸びる廊下を歩き、居間に通される。
彼女は不安げに言う。
「毎晩同じ時間に来て、黙って立っているだけ。
鍵は閉めてあるのに、気づくと廊下に足跡があるの」
俺はその夜、館に泊まり込み調査を開始。
チャイムが鳴ったのは、午後十一時ちょうど。
映像に映るのは、確かに人の姿……だが、顔だけが不自然に“欠落”していた。
玄関は二重ロック。
物理的に侵入は不可能。
だが、翌朝には玄関マットに濡れた足跡があった。
館の裏手には、古びた温室があった。
その奥には、写真立てと焼けた手帳の残骸。
志乃の話では、20年前に娘を亡くしてから、誰も入っていないという。
写真には、志乃とその娘、そして“顔のぼやけた男”が写っていた。
俺は過去の新聞記事を調べ、ある火災事故の記録を発見。
志乃の娘は当時婚約者とともに温室で火事に巻き込まれ、
彼女だけが助かり、男の身元は判然としないまま葬られていた。
その男こそ、“顔のない訪問者”ではないか?
その夜、俺はチャイムが鳴る前に玄関に立ち、ドアを開けた。
そこには、ぼやけたシルエットの男が立っていた。
顔は見えないが、姿は静かに頭を下げ、ひと言だけ残した。
「……約束を、忘れないで……」
次の瞬間、彼は風とともに、消えた。
俺は志乃に言った。
「顔が見えないのは、忘れてしまったからだ。
でも、あの人はまだ、ここに来てる。
約束を守るために」
次回・第79話「泥の声」では、
村の沼から聞こえる“泥の中の囁き”。
消えた若者と、古い神話の影に探偵が迫る。




