第七話「赤い女を見た夜」
「赤い女」は、都市伝説の中でも多くのバリエーションを持つモチーフです。
今回はそれを、“復讐されないまま消された少女”の記憶として描きました。
幽霊とは、死者ではなく、誰かの罪が作る影かもしれない。
「最近、うちの高校で“赤い女”を見たって話が出てるんです」
依頼者は高校三年生の女子だった。
震える声で続けた。
「しかも、見た人が……死んでるんです。続けて三人も」
学校で都市伝説が流行るのは珍しくない。
だが、「実際に死んだ」という事実が重なると、話は別だ。
事件はこうだ。
1人目:男子生徒A。バイク事故死。
2人目:女子生徒B。線路に転落。
3人目:教師C。風呂場で溺死。
いずれも偶発的な事故と処理された。
しかし共通点がある。死の直前、「赤い服の女を見た」と口にしていたという。
俺は高校に潜入し、聞き込みを開始した。
「“赤い女”って、見たら死ぬんでしょ?」
「放課後の理科準備室に出るって……本当?」
「鏡を通して目が合うと、殺されるって噂もある」
都市伝説としてはよくある構造だった。
だが、生徒たちの話にはある特徴があった。
――みんな、赤い女の“顔”を覚えていない。
「すごく印象に残るんですけど……なぜか、思い出せないんです」
「でも、目だけは……変に、笑ってた気がする」
俺は夜の理科準備室に張り込んだ。
室内は窓がなく、薄暗い。
備品棚の奥に古い鏡が立てかけてある。
午前1時。
その鏡に、赤い影が揺れた。
こちらを向いている。
顔はぼやけている。
なのに――“目だけ”がはっきりと見えた。
笑っていた。
楽しそうに、こちらを見下ろすように。
次の瞬間、鏡が割れた。
何者かが“内側”から手を伸ばしてきたように。
翌日、職員室で古い資料を見せてもらった。
すると、10年前の事件が記録されていた。
――理科室で女子生徒が焼身自殺を図ったという記事。
彼女の名は阿久津澪。
いじめが原因とされ、加害者は3人。
だが、処分は曖昧なまま、事件は闇に葬られた。
驚くべきことに、最近死んだ生徒Aと教師Cは、当時の加害者の息子と兄だった。
そして、死んだ女子生徒B――
彼女は、阿久津澪の姪だった。
俺は報告書にこう記した。
「赤い女の目撃と死者の因果関係は証明できない。
ただし、10年前の事件関係者に不審死が続いた事実あり」
「赤い女は“怪異”ではなく、“残された記憶”の復讐」
「見た者が自ら死を選ぶのだとすれば、それは幻影ではない」
帰り際、割れた鏡の前に立つと、そこにまた“誰か”がいた。
赤い服。
顔のない女。
笑っていた。
だが、今度は、こちらの目を見ようとはしなかった。
“自分を知った者”には、もう興味がない――そんな気がした。
都市伝説の恐ろしさは、語られることで生き延びること。
人の噂が形を与え、名もない怨念が“姿”を持つ。
それは妖でも怪でもない――
ただの後悔が、人を殺すのだ。