表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖ノ影(あやかしのかげ)  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/133

第六十七話「黒塗りの遺書」

言葉は、時に凶器だ。

けれど、

言えなかった言葉の方が、

もっと深く、誰かを縛りつける。

都内・旧都立総合病院。

数年前に閉鎖されたこの病棟では、現在、解体に向けた整理作業が進んでいる。

その中で――1冊の遺品箱が問題となった。


病院職員から直接の依頼を受け、俺は現場へ向かった。


鉄製の古びたロッカーから見つかったのは、

20年以上前にこの病棟で亡くなった末期がん患者・柚木伊佐子の遺品。

中にあった一通の遺書――


ほぼ全文が黒のマジックで塗りつぶされていた。


宛先は「息子へ」とだけ残っている。

だが、名前も、内容も、ほとんどが不明。


不可解なのは、“塗りつぶされたのが本人の死後”である可能性が高いこと。


病棟の記録では、伊佐子には一人息子がいたが、

彼は母の死後、すぐに転居し行方不明。

残された看護記録の中に、唯一の手がかりがあった。


看護師のメモにこうある。


「最期の日。彼女は『どうしても伝えたいことがある』と繰り返していた。

 “言葉が怖い”とも……。

 “でも書かなくちゃ、後悔する”と。」


俺は遺書を精査する。

黒塗りの下に、微かに筆圧の跡が残っていた。


筆記具の種類と筆圧の傾向から判断するに、

2種類の筆跡が混じっている。


上段と末尾は細く繊細な文字――伊佐子本人。

だが中段の黒塗りには、塗る動作そのものに“焦り”と“力強さ”がある。

つまりこれは、塗った人間が別人の可能性が高い。


翌日、俺は区役所を通じて、柚木伊佐子の戸籍をたどった。

そしてついに、行方不明だった息子――**柚木隼人やはと**に辿り着いた。


今は地方の工場で働き、身を潜めるように暮らしていた。


訪ねて真相を問うと、彼は顔を伏せて言った。


「……あの遺書を見たとき、怖くなったんです。

 何が書いてあるか、わからないけど……

 “自分を呪うような言葉だったら”って思った」


彼は、母を看取らずに家を出た。

理由は単純だった。

「もう耐えられなかった」のだ。


看病の重さ、周囲の視線、

そして――母の目が、何かを責めているように見えたこと。


「でも、本当はわかってた。

 ……母はきっと、俺を責めたくなんか、なかった。

 遺書も……最後に、赦してくれる言葉だったかもしれない。

 でも、“読む資格がない”って思った。

 だから……塗ったんです」


俺は遺書を机に置いた。

そして、ブラックライトを当てた。


黒インクの下に、浮かび上がった言葉は一行だけ。


「あなたが生きてくれれば、それでいい」


隼人は、膝から崩れ落ちた。

涙は出なかった。

ただ、十数年分の重さが、肩から落ちていった。


帰り際、俺は言った。


「伝えたい言葉は、

 時に“消されても”、残るものだ」

次回・第68話「泥の花嫁」では、

農村の沼地で見つかった“濡れたウェディングドレス”を巡る依頼。

姿なき“花嫁”が、夜ごと村を歩くという噂。

探偵は、湿った記憶と水底の約束を探る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ