表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/56

第六話「鏡に棲む」

“鏡”は、自分自身を映すはずのもの。

だが、そこに本当に映っているのが“自分”である保証は、どこにもない。

今回は、罪と記憶が創り出す“もう一人”の物語を描きました。

 この仕事をしていると、時折、“目を逸らしてはいけないもの”に出くわす。

 だが時には、“目を逸らさなければならないもの”もある。


 その夜、女は震えながら俺に言った。


「鏡の中に、私がいるんです。……でも、私じゃない私が、睨んでくるんです」


 錯覚か精神疾患か。

 だが、部屋中の鏡に布をかけているその様子は、冗談には見えなかった。


 依頼人は榊原紗季さかきばら・さき、28歳。

 職業は編集者。ワンルームの部屋に一人暮らし。

 数週間前から、朝起きると洗面台の鏡の内側から曇っていることがあるという。


「朝、そこに……指で“サキ、見てるよ”って、書かれてるんです」


 最初は夢だと思った。

 だが、鏡を変えても、場所を変えても、それは繰り返された。


 そして一週間前から、“もう一人の自分”が鏡越しに動きを真似しなくなったという。


 俺は調査のため、部屋に宿泊することにした。

 午前2時、冷蔵庫の音しか聞こえない静けさ。

 ベッド脇に置かれたスタンドライトが、鏡をうっすら照らす。


 しばらくすると、鏡の表面がじんわりと曇った。


 そして――現れた。


 中の女は、確かに“少しだけ違う”顔をしていた。


 表情が歪んでいた。

 目だけが異様に大きく、そしてこちらを見据えていた。


 ……だが、俺の視線を感じると、すっと消えた。


 翌朝、紗季は泣きながら告白した。


「私、大学時代に――**自分の親友を追い詰めたことがあるんです。

 陰で噂を流して、孤立させて……

 あの子、ノイローゼになって、退学して、いなくなったんです」」


 その友人の名は、佐倉未央さくら・みお

 彼女は今も消息不明。


「その後、時々夢に出てくるんです。

 私と全く同じ顔で、髪の長さだけ違う、私を睨んでくる未央が……

 “あんたになりたかった”って……」


 俺は紗季の部屋から鏡を一本、持ち帰った。

 だが、事務所で何度覗き込んでも、何も起きなかった。


 なのに夜、ふと眠りから目覚めると、

 棚に立てかけた鏡の中で、自分が動かなかった。


 ……いや、正確には、“ほんの一瞬”だけ、反応が遅れた。


 俺は報告書にこう記す。


「鏡像が変化する明確な証拠はなし。

依頼人の精神的負荷と、過去の行動に起因する幻視の可能性が高い」

「ただし、“もう一人の自分”という存在の兆しは、

必ずしも本人の意識下にあるとは限らない」


 その後、紗季は鏡のない生活を選んだ。

 スマホのフロントカメラもテープで塞ぎ、部屋に反射面は一切ない。


 けれど、ある夜――

 窓ガラスの外に、“笑う自分”がいたと連絡が来た。


 部屋は6階。

 外にベランダも足場も、何もなかった。

人は、自分の顔を自分で見られない。

鏡という“他人の目”を通して、ようやく自分を確認する。


だからこそ、そこに“違う自分”がいたとき――

人は、自分の中に眠る怪物を、初めて知るのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ