第五十二話「鬼の棲む道」
忘れられた村には、
忘れられた者たちの声が、今も沈んでいる。
それを引き上げた瞬間、
再び“何か”が動き出す。
朝、電車とバスを乗り継ぎ、さらに一時間の徒歩。
その村は、地図からは消えていなかったが、
実質的には――**“忘れられた場所”**になっていた。
十年前の事件以降、
住人の半分は離村。
残る者もほとんど口を閉ざし、村は緩やかに朽ちていた。
村の入り口に、かつての看板だけが残っている。
木が腐りかけた板に、黒い墨で描かれた文字。
「よそもの、鬼に喰われるぞ」
誰かの悪戯か、それとも――警告か。
村の中心にある集会所には、年配の男がいた。
顔を覚えていた。十年前にも、口を濁したまま俺を追い返した人物だ。
だが今回は、向こうからこう言った。
「……来ちまったか。あんた、本当に来ちまったんだな。」
テーブルの上に、古びたノートが置かれていた。
中身は、村の記録。
そして、事件のあった家族――沢渡家の詳細。
・母:沢渡みき(享年35)
・長女・長男:死亡確認済
・三女:焼死体一致率65%、判定“推定死亡”
男は静かに言った。
「本当に死んだのか、ずっと疑ってたんだ。
でも誰も確かめようとしなかった。
“鬼のせいにしとけば、それで済んだ”ってな。」
夜、村に一泊することにした俺は、
沢渡家の跡地へ足を運んだ。
焼け跡の基礎だけが残り、草に埋もれていた。
だが、土の上に――小さな足跡があった。
そして、その先に、
古びた石碑がある。
表面には文字がない。だが裏には、クレヨンでこう書かれていた。
「おかあさん、まだここにいるの?」
その瞬間、風が止まった。
気圧が一段階、沈んだような静けさ。
耳の奥に、何かが囁く音が混じる。
「――見つけた……」
振り返ると、誰もいない。
だが、草むらの奥に、
赤い目が、ひとつだけ光っていた。
生き残った子どもは、本当にいたのか。
そして“鬼”とは誰なのか――
この連作は、まだ序章。
次回、探偵は村の中で唯一“鬼を見た”と語る老婆に出会います。




