第五十一話「封筒の中の影」
物語の火種は、
消えたと思っても、誰かの手元にずっと残っている。
そしてある日、それは再び火を灯す。
――今度は、逃さないために。
夜。
机の上に、白い封筒が置かれていた。
差出人の記載はなく、消印もなし。
だが、宛名には確かに俺の名前が書かれていた。
封を切ると、中には手紙が一枚。
そして、折りたたまれた古びた“新聞の切り抜き”。
手紙の文面は、こうだった。
「先生。あの事件の真相を、知りたくはありませんか?」
新聞記事の見出しには――
「山間の村で一家心中。母親が子供3人を道連れに――」
「遺書には“鬼が来る”という言葉」
日付は十年前。
記事に添えられた家族写真に、見覚えがあった。
この事件には、過去に一度、関わっている。
当時の俺はまだ若く、現地に赴いたが――
村人は全員、何かに怯えていた。
誰も口を開かず、死因も心中として処理された。
俺はその時、「これは触れるべきではない」と判断し、退いた。
だが今になって、再びこの事件の“呼び水”が投げ込まれてきた。
記事の端に、赤いインクで書かれた文字。
「まだ終わっていません」
俺は、封筒に残っていたもう一つのものに気づいた。
小さな、子供の描いたような絵。
クレヨンで描かれた黒い山。
そのふもとに、真っ赤な目をした影が立っていた。
そして、その横には、
**「わたしのおかあさんをかえしてください」**という走り書き。
調査の記録を引っ張り出した。
十年前の事件、記録には確かに“子供三人死亡”とある。
だが――
そのなかの一人、末っ子の死亡確認記録が曖昧だった。
火災に巻き込まれ、遺体の身元は歯型で“推定”されたと。
俺は立ち上がった。
この手紙が本物なら、
あの事件には“まだ生きている誰か”がいる。
そして、“鬼”と呼ばれた存在は――まだ、その山にいる。
過去は埋まっても、消えたわけじゃない。
封筒の中の一枚の紙が、
十年の静寂を破った。
“鬼”とは何か。
そして、“まだ生きている子供”はどこに。
この連作は、そこから始まる。




