第五話「狐火の見た夢」
「狐の嫁入り」は、幻想的な怪異として知られます。
だが、その美しさの裏に、**“忘れられた者の声”**があったら――。
孤独と未練が織りなす、静かな祟りのような一夜を描きました。
土砂降りだった。
それなのに、光が見えたという。
依頼主は、とある住宅街の自治会長。
曰く「先日、孤独死した老人の家から“狐火”のようなものが立ち上がっていた」と。
「まるで誰かの結婚式みたいだったんです。
雨の中、火の行列が静かに通ったんですよ」
それが見えたのは、夜の10時すぎ。
誰も通るはずのない路地裏。
そして、翌朝――老人が腐乱死体で発見された。
死んだ男の名は、花巻源三。
年齢76、家族なし。
生活保護を受けていたが、数年前から支援も拒否し、ほとんど引きこもっていた。
死後10日。近所の住民は異臭でようやく気づいたという。
部屋の中は、ゴミと新聞と古びた神棚。
狐面が一つ、神棚に掛けてあった。
俺は調査のために家に入った。
埃とカビの匂いが、昔の木造家屋にしみ込んでいる。
壁にかかっていたのは、昭和40年代の集合写真。
そして、一枚の古びた白黒写真――
若い花嫁姿の女と、紋付袴の花巻。
だが、役所に問い合わせた限り、彼は独身のままだった。
結婚歴も、子もなし。
「この女は誰だ?」
調べようとした瞬間、カタ、と神棚の狐面が落ちた。
その夜。
俺は夢を見た。
灯りのない道。
雨。
そして、遠くから聞こえてくる鈴の音。
光が見えた。
橙色の小さな灯り。
火の玉のように揺れている。
その後ろから、白無垢の女が歩いてきた。
目が合った。
声は、しなかった。
ただ、微笑んでいた。
翌朝、自治会長に話を聞くと、こんな噂があった。
「源三さん、昔……恋人が狐憑きになって自殺したって話があってね。
あの頃は“狐の祟り”って大騒ぎになったもんさ。
そのせいで村を追い出されたらしいよ」
花嫁の正体は、その女だった。
村の古い祭りで“狐の嫁入り”役をしていたという。
彼女の死以降、源三は世間との関わりを断った。
酒と神棚だけが彼の“家族”になった。
あの夜の光は、幻か記憶か、それとも――
未練の最後の形だったのか。
「死者の魂が嫁入りする夜には、狐火が灯る」
村に残るそんな言い伝えが、記録の隅に見つかった。
俺は報告書にこう記す。
「死因:自然死。外傷なし。
だが、“誰かが彼を迎えに来た”と証言する者が複数いる。
幻覚とも、妄想とも断じがたい一致が見られる」
「狐の嫁入りは、誰に見せるためのものだったのか――」
帰り道、鈴の音が耳元で鳴った。
背を向けると、風が止んだ。
振り返っても、誰もいない。
けれど、道の端に、濡れた狐面が一つ、落ちていた。
死者の魂が静かに灯す火は、
時に、生きている者の胸を焼く。
人が怪異を生むのではない。
怪異の姿を借りて、人は“想い”を送るのだ。