第四十九話「写し込まれた誰か」
写真は“その瞬間”を閉じ込めるものだ。
だが時に、そこにいなかったはずの誰かが、
記憶と混ざり合って写り込むことがある。
それは――忘れられた時間が、もう一度呼びかけるとき。
「昔の写真アルバムなんですけど……
見返していたら、見知らぬ人が写ってたんです。
最初は気のせいかと思ったんですが――
ページをめくるごとに、その人が“だんだん近づいてくる”んです。
最終的には、私の隣に立って笑っていました。」
依頼人は30代の女性。
実家で整理していた卒業アルバムや家族写真の中に、
全く覚えのない女性の姿が写っていたという。
最初に映っていたのは、小さな集合写真の片隅。
建物の柱の陰から顔半分だけがのぞいていた。
誰もその人物に気づいていない。
ページを進めるごとに、その女性は表情を変え、距離を縮めていく。
数ページ後には、依頼人の背後で肩越しに微笑んでおり、
最終的に、**“親しい友人のように並んで立つ”**構図となっていた。
だが、同じ写真の元データを、依頼人の父がバックアップとして保管していた。
比較してみると、元データにはその女性の姿は一切存在しない。
アルバムに貼られた“現像写真”だけに、姿がある。
さらに、女性の姿にはある特徴があった。
写真の中で、依頼人とまるで呼吸を合わせるように、
笑い方や目線の角度が、そっくりになっていく。
まるで、同化するかのように。
俺は報告書にこう記した。
「現像写真における視覚的異常現象」
「対象人物は連続出現。表情・位置関係に連動性あり」
「画像データ非該当、印刷写真にのみ発現」
「想念投影による視覚的干渉または“記憶の転移”の可能性」
「撮影当時、依頼人に“友人の喪失”記録あり」
依頼人の記憶に、微かなひっかかりが残っていた。
中学時代――
一時期だけ仲の良かった友人がいた。
だがその子は転校後、家庭の事情で行方が分からなくなり、
後に病死していたことを、最近知ったという。
名前も顔も曖昧だった。
けれど、写真に写る“彼女”の目だけが、昔の記憶と一致した。
俺は写真の束を一枚ずつ剥がし、
“彼女”が最もはっきり写っている1枚だけを残した。
それを白封筒に入れ、裏に一言だけ書き添えた。
「見えてるよ。忘れてないよ。」
翌日から、“彼女”の姿は写真の中から消えていた。
現像済みのプリントにあった全ての痕跡が、跡形もなく消失。
だが、依頼人の記憶の中だけに、
その笑顔がほんの少し、残っていた。
記憶の中では、友人の顔はすり減っていく。
けれど、写真という“形”に現れるとき、
その人は――「ここにいた」と言える。
声も言葉もなくても、
笑ってくれた、それだけで充分なのかもしれない。




