第四十六話「出席番号、五番まで」
教室とは、記憶の残る場所だ。
黒板、机、出席簿――
そのすべてが“名前を呼び、返事をする”記録の繰り返しだった。
だからこそ、そこに刻まれた声は、時に“残る”。
「旧校舎の三年B組の教室なんですが……
夜になると“誰かが出席を取っている声”がするんです。
“はい”って返事も、いくつか聞こえるそうです。
でも、その教室、もう十年以上使ってないんですよ。」
依頼人は都内にある私立高校の教務主任。
旧校舎は耐震強度の問題で現在は倉庫扱い。
だが、部活の顧問や警備員から、**“決まって午後八時すぎに人の声が聞こえる”**との報告が相次いでいた。
俺はその三年B組の教室に足を踏み入れた。
埃の積もった黒板、誰もいない椅子と机。
天井の蛍光灯も外され、薄暗い夕暮れが差し込むだけだった。
念のため録音機と赤外線センサーを設置。
午後八時を過ぎた頃――
「出席取ります」
「一番、阿部」
「……はい」
「二番、石田」
「……はい」
「三番、上野」
「……欠席」
「四番、江田」
「……はい」
**規則正しい女の声と、それに答える複数の“返事”**が、録音に入っていた。
センサーは反応なし。
だが、確かに、声は“室内”で響いていた。
卒業アルバムと名簿を調べた。
十年前、この教室には「三年B組」が実在。
その年、修学旅行での事故により、クラスのうち五名が死亡していた。
バス事故。急カーブで横転し、
乗車していた前列の生徒が巻き込まれた。
事故後、学校側は三年B組の記録を事実上“欠番扱い”とし、
この教室も封鎖された。
教室内の出席簿は廃棄されたが、黒板の背面に残された「出席表のシール」が一部そのまま残っていた。
俺は報告書にこう記した。
「音声再現型残留現象。記録的な定時再生特性あり」
「対象は“事故前の通常授業記録”の断片と推定」
「返答音声との整合性は高く、5名までの音声を周期的に再現」
「意志干渉型ではなく、感情誘導の兆候はなし」
「封鎖継続による干渉遮断または、追悼的儀礼による終息可能性あり」
俺は、教室の黒板に静かにチョークで書いた。
「全員、出席。」
そして、依頼人にこう告げた。
「出席は、もう取らなくていい。
あの日の記憶だけが、ずっと“確認”を求めていただけだ。」
翌晩から、その教室で声が聞こえることはなくなった。
録音機は無音のまま。
赤外線センサーも、何も検知しなかった。
“あの時、返事をしたかった人たち”は、
今でもきっと、あの教室の座席に座っていたのだろう。
「名前を呼ばれる」という、当たり前の時間を取り戻すために。
呼ばれなかった名前。
返せなかった返事。
その一つひとつが、もう存在しないはずの教室で、
静かに出席を取り続けていた。




