表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖ノ影(あやかしのかげ)  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/127

第四十六話「出席番号、五番まで」

教室とは、記憶の残る場所だ。

黒板、机、出席簿――

そのすべてが“名前を呼び、返事をする”記録の繰り返しだった。

だからこそ、そこに刻まれた声は、時に“残る”。

「旧校舎の三年B組の教室なんですが……

 夜になると“誰かが出席を取っている声”がするんです。

 “はい”って返事も、いくつか聞こえるそうです。

 でも、その教室、もう十年以上使ってないんですよ。」


 依頼人は都内にある私立高校の教務主任。

 旧校舎は耐震強度の問題で現在は倉庫扱い。

 だが、部活の顧問や警備員から、**“決まって午後八時すぎに人の声が聞こえる”**との報告が相次いでいた。


 俺はその三年B組の教室に足を踏み入れた。

 埃の積もった黒板、誰もいない椅子と机。

 天井の蛍光灯も外され、薄暗い夕暮れが差し込むだけだった。


 念のため録音機と赤外線センサーを設置。

 午後八時を過ぎた頃――


「出席取ります」

「一番、阿部」

「……はい」

「二番、石田」

「……はい」

「三番、上野」

「……欠席」

「四番、江田」

「……はい」


 **規則正しい女の声と、それに答える複数の“返事”**が、録音に入っていた。


 センサーは反応なし。

 だが、確かに、声は“室内”で響いていた。


 卒業アルバムと名簿を調べた。

 十年前、この教室には「三年B組」が実在。

 その年、修学旅行での事故により、クラスのうち五名が死亡していた。


 バス事故。急カーブで横転し、

 乗車していた前列の生徒が巻き込まれた。


 事故後、学校側は三年B組の記録を事実上“欠番扱い”とし、

 この教室も封鎖された。

 教室内の出席簿は廃棄されたが、黒板の背面に残された「出席表のシール」が一部そのまま残っていた。


 俺は報告書にこう記した。


「音声再現型残留現象。記録的な定時再生特性あり」

「対象は“事故前の通常授業記録”の断片と推定」

「返答音声との整合性は高く、5名までの音声を周期的に再現」

「意志干渉型ではなく、感情誘導の兆候はなし」

「封鎖継続による干渉遮断または、追悼的儀礼による終息可能性あり」


 俺は、教室の黒板に静かにチョークで書いた。


「全員、出席。」


 そして、依頼人にこう告げた。


「出席は、もう取らなくていい。

 あの日の記憶だけが、ずっと“確認”を求めていただけだ。」


 翌晩から、その教室で声が聞こえることはなくなった。

 録音機は無音のまま。

 赤外線センサーも、何も検知しなかった。


 “あの時、返事をしたかった人たち”は、

 今でもきっと、あの教室の座席に座っていたのだろう。

 「名前を呼ばれる」という、当たり前の時間を取り戻すために。

呼ばれなかった名前。

返せなかった返事。

その一つひとつが、もう存在しないはずの教室で、

静かに出席を取り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ