第四十五話「録音された嘘」
電話が鳴っていないのに、伝言が入る。
それは、誰にも届かなかった“声の手紙”。
そして、偶然の再生が、
心に残っていた言葉と重なったとき――“記憶の中の人”が少し微笑む。
「家の留守電に、知らない声が毎晩入るようになったんです。
でも、電話は鳴らなかったし、着信履歴もありません。
それに、**その声……母の声に似てるんです。数年前に亡くなったはずの。」
依頼人は、都内の一戸建てに一人暮らしの女性。
母親は三年前に病死。
亡くなる前まで使っていた固定電話の番号を、そのまま引き継いでいた。
問題の伝言は、夜の11時55分に毎晩録音される。
再生すると、確かに女性の声でこう語りかけてくる。
「……聞こえてる? ごはん、食べた? 体、冷やさないようにね。」
それだけ。
呼びかけも名乗りもない。
ただ、どこか“昔の母親”がよく言っていたような口調だったという。
俺は実際に録音データを確認した。
確かに着信記録は残っておらず、受話器も鳴っていない。
だが、留守番メモリには深夜の時報に合わせたように音声が記録されていた。
声紋分析の結果、依頼人の母親と完全一致ではないが、
過去の留守録音声(生前のもの)に近い音質と抑揚を持つことが判明。
俺は電話機の裏、モジュラージャック部分を調べた。
そこで、小さな手帳型の**“録音カートリッジ”が接続されているのを見つけた。**
市販されていない古い機種。
デジタルではなく、カセットに似た磁気記録形式。
調べると、母親が生前に「娘のために録っていた音声メッセージ」が何本も残されていた。
中にはこんなものもあった。
「……いなくなったら、きっと寂しいと思うの。でも、
この声だけは、届いたらいいなって。」
それは娘が仕事で家を空けがちだったころ、
母親が一人で録音した、**“未来への語りかけ”**だった。
なぜ今、それが再生されるのか――
答えは簡単だった。
依頼人が先週、押し入れから見つけた古い電話機を「なんとなく」つないだからだ。
その機種にだけ、録音タイマーが組み込まれていた。
“毎晩11:55に自動再生・録音”される設定が、生きていた。
俺は報告書にこう記した。
「対象現象は自動録音機能付き旧式電話機による遺言的再生」
「音源は生前の録音媒体に由来し、電源供給後に周期的作動」
「心霊的要素ではなく、記録媒体を通した偶然の復元現象」
「依頼人への精神的影響に配慮し、意図的保存または停止選択可」
依頼人は、カセットを外し、静かにこう言った。
「……もう、大丈夫です。
でも、ありがとう。
声、ちゃんと届きました。」
それを境に、留守番電話は沈黙した。
再び、声が届くことはなかった。
人の声は、記憶の中で消えかけていく。
けれど、ごくまれに、それが“形ある記録”として甦ることがある。
それは――今でも誰かを気遣っていた証拠なのだ。
死者の声は、消えたわけじゃない。
残された人間が“それを聞く準備”ができたとき、
何かの偶然を借りて、そっと語りかけてくる。
「大丈夫?」
その一言で、人は立ち上がれるのかもしれない。




