表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖ノ影(あやかしのかげ)  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/125

第四十三話「宛名なき部屋」

郵便受けに、存在しないはずの部屋宛ての手紙が届く。

書かれているのは、誰かの記憶の続きを綴った文章。

読まれなくても、返事がなくても、

“送り続けること”に意味があるのかもしれない。

「このマンション、301号室なんて存在しないんです。

 でも、管理人室の郵便受けに、“301”宛の手紙が毎月届くんですよ。

 消印も差出人も毎回違う。

 でも、中身は全部、“同じ人に向けた内容”なんです。」


 依頼人は、古い都心のワンルームマンションの管理人。

 築四十年、三階建て。各階に10戸ずつ。

 問題は「3階に301号室が存在しない」ということ。

 30X号室の番号は“欠番”として、昔から“飛ばされていた”。


 俺は現物の封筒を見せてもらった。

 安っぽい白封筒。達筆な筆文字で「**青木 様(301号室)」と書かれている。

 中身は手紙一通。内容はどれも似たような文面だった。


「お元気ですか。あの日のことを、私は忘れていません。

 あなたの名前はもう呼べませんが、

 毎年この季節になると、ふと思い出してしまいます。」


 差出人の名前はなし。

 筆跡と内容からは、どこか後悔と哀悼がにじんでいた。


 管理会社の古い図面を探った。

 1970年代の図面には、確かに“301号室”があった。

 だが、それは落雷による火災で半焼し、

 その後「安全面の都合」として物置きに転用、居住扱いから外されたことが分かった。


 当時の住人は、青木孝志(男性・28)――死亡。


 死因は煙の吸引による窒息。

 火元は推定「仏壇の蝋燭」。

 帰省予定だった日に、誰かを待ちながら眠ってしまったらしい。


 俺は報告書にこう記した。


「欠番部屋宛の郵送物継続出現。物理的手配による実体確認」

「封筒の発信源は毎回異なるが、内容と文体の共通性高く、同一人物による長期投函と推定」

「“記憶の中の相手”に宛てた習慣的手紙。投函先を管理人室に選んだ理由は不明」

「対象者青木氏の死亡記録との一致あり。心理的な未送信手紙の反復現象」

「処理推奨:手紙は開封せず保管、年一度の“返事代行”による儀礼的解消可」


 翌月、管理人室に届いた“301号室 青木様”宛ての手紙に、

 俺は簡単な“返信”をつけて送り返した。


「今でも、あなたの手紙は届いています。

 今年も思い出してくれてありがとう。

 私は大丈夫です。」


 それを最後に、手紙は二度と届かなくなった。


 この世に存在しないはずの部屋番号。

 だが、誰かの心の中では、そこに“確かに人が住んでいた”。


 そして、手紙はその記憶に、静かに返されていったのだ。

届かないとわかっていても、

それでも手紙を出す人がいる。

それは、もう会えない人への祈りのようなもの。

そして、誰かがそれを“受け取った”と信じたとき、

ようやく心は静かになるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ