第四十話「十三階にて」
建築上存在しないはずの13階。
だが、エレベーターがそれを選ぶ瞬間がある。
それは――“忘れられた構造”が、誰かを必要としているときだ。
「そのビル、13階なんて無いはずなんですよ。
実際、エレベーターのボタンにも、12の次は14になってるし……
でも、一度だけ“13階に止まった”って言ってる人がいるんです。」
依頼人は、都内の中規模オフィスビルの管理会社に勤める男性。
入居者からの苦情はほぼ無いが、数週間前、ある企業の社員が“おかしな階に着いた”と訴えた。
13階は存在しない。
建築当初から、縁起を理由にフロアは飛ばされている。
しかしその社員ははっきりと言った。
「12階で止まるはずなのに、そのときは『13』のランプが点いたんです。
扉が開いたとき――見たことのない廊下が広がっていました。
無音で、暗くて、でも人の気配がした。……怖くて降りられなかった。」
俺はそのビルに足を運んだ。
築25年の古ビル。エレベーターは点検済で異常なし。
各階のアクセス制限も存在せず、監視カメラには**問題の時間帯だけ“映像が切れている瞬間”**があった。
機械室の記録では、該当時刻に“13階”の位置で一度、扉が開いていた。
ただしその位置は、ビルの物理構造上、あり得ない“階層”だった。
俺は管理人に話を聞いた。
彼は渋々、こんな話を漏らした。
「実はな……昔、このビルで飛び降り自殺があったんだ。
14階からだったが、当時“13階”の設計案もあったらしいんだよ。
でも工事中に転落事故が続いて、設計そのものが破棄された。
以来“無かったこと”にされたんだ。だがな、工事図面には今も“13階”の構造線が薄く残ってる。」
存在しない階が、“設計上だけ”このビルに取り憑いている。
俺は報告書にこう記した。
「当該ビルにおける不可視階層出現事象、実例あり」
「エレベーター停止記録・操作パネル記録ともに13階停止を示す」
「構造的には非実在だが、設計当初に“未完成階”として図面に残留」
「事故履歴との重なりから、階層意識の集合的想念化により顕現の可能性」
「干渉行為(階層探査・降車)を行わなければ問題なし。視認のみでの心理影響軽微」
その後、エレベーター操作パネルに封印用のパネルステッカーを貼付し、
稀に点灯する“13”のランプを物理的に遮断。
以来、“その階”に止まることは二度となかった。
だが、ビルの裏階段――
そこにだけ、小さくプレートが打ち付けられていたのを俺は見つけた。
【13F 関係者以外立入禁止】
このビルに、13階は存在しない。
……はずだった。
見えないものは、本当に“無い”のか。
それとも、人間の意識が“無いことにしている”だけなのか。
忘れられた階層は、今日もどこかで扉を開けて待っている。
13という数字を忌み嫌うのは、偶然ではない。
見たくないものを“飛ばす”文化の裏には、
見られたくないものを“そこに置き去りにする”人間の都合があるのかもしれない。




