第三十五話「うしろ、うしろ」
誰もいない部屋で、電源の落ちたテレビをふと見てしまったとき。
自分の背後に“何か”が見えたら――
そのとき、あなたは振り返らずにいられるだろうか?
「部屋のテレビに……背中が映るんです。
電源は切ってあるのに、うっすらと立ってる誰かの後ろ姿が」
依頼者は、都内で一人暮らしをする女性。
築年数の古いワンルームマンションで、
数日前から“テレビの黒い画面”に違和感を覚えはじめたという。
深夜、ふと目が覚めたとき。
テレビのガラス面に、自分の寝姿の向こうに、誰かが立っている。
ただの映り込みだと思っていた。
しかし――背中が、毎日少しずつ近づいていることに気づいた。
俺は現場を訪れた。
テレビは小型の古い液晶。HDMI端子は未使用。
電源コードも抜かれていたが、画面には確かに何かが映っていた。
明らかに“部屋の構造”とは異なる反射。
ベッドと壁、その中間に“あり得ない位置”で、立っている人影の背中。
顔は見えない。
肩までの髪。細身の輪郭。
そして――足元が、床に着いていなかった。
俺はテレビの型番から過去の所有履歴を調べた。
数年前にリサイクルショップを経由して転売されたものであり、
その店舗は既に閉店済み。
元の持ち主の情報は得られなかったが、
テレビの裏面には、剥がしかけのメモが残っていた。
そこには、ペンの痕がかすかに読み取れた。
「うしろ ぜったい みちゃだめ」
深夜2時。
部屋を暗くして、録画装置を設置し、テレビを真正面から撮影。
映像には、依頼者が眠るベッドと、
その足元に立つようにして浮かぶ“背中”が、かすかに映っていた。
しかし、赤外線・温度センサーには反応なし。
音もなく、ただそこに“映っている”だけ。
俺は報告書にこう記した。
「電源非接続状態にて、テレビ画面に背中状映像を確認」
「映像は日を追って距離縮小傾向。対象者の視線誘導が危惧される」
「接触意図不明。過去所有者由来の“視認型付着現象”の可能性高」
「直視行為・映像解析を伴う観察の継続は推奨されず。除却処理へ移行」
依頼者には、テレビ本体を処分するよう指導し、
代替機種への買い替えも助言。
映像記録は封印し、専門の供養士に引き渡した。
それ以降、黒い画面に“誰かが映る”ことはなくなった。
電源の切れた画面は、“鏡”とは違う。
ただそこにあった記憶を、じっと映し続けているだけ。
でも、その記憶が“ひとを見ている”としたら――
こちらが見返してしまったとき、何かが起こるのだ。
背中しか見えない何かは、
こちらが“振り向いてしまう”のを待っている。
そしてきっと、振り向いた瞬間――
“それ”は、もう後ろじゃなくなるのだ。




