第三十四話「欠席は、いませんね」
「出席を取ります」――それは日常の一幕。
だが、もういないはずの者たちの名前が呼ばれていたら。
その場に“いる”のは、いったい誰なのか。
「旧校舎の三階、三年D組。
誰もいない教室から“出席を取る声”がするって、何年も前から噂になってて……。
でも昨日、本当に聞いたんです。先生の声で、ひとりずつ、名前を呼んでるのを」
依頼者は、都内の私立中学に勤める教師。
旧校舎は十年前に閉鎖され、いまは備品倉庫として使われている。
電気も通っていないはずのその部屋で――午後五時になると、出席の声が響くという。
俺は夕方、現地を訪れた。
廊下の照明は落ちており、教室の扉には「使用不可」の札。
しかし、木の床には最近歩いたような靴跡があり、
扉の前に立つと――うっすらと、教室の奥から声が聞こえた。
「出席を取ります……あおき」
「います」
「いのうえ」
「います」
「うえだ」
「います」
返事の声まで、はっきり聞こえる。
だが、その学校には**“三年D組”は存在しない。**
現行の編成にそのクラス名はなく、過去にも記録上存在しない。
念のため、校内の古い職員録と卒業アルバムを確認した。
すると、三十年前、事故で失われたクラスが一つだけ存在した。
当時の修学旅行で起きたバスの転落事故――
亡くなった生徒は三年四組、全員。
しかし、職員の中でそのクラスの存在を語る者はいない。
あくまで「そういう事故があったらしい」という“外部資料”のみが証言していた。
俺は教室の中に録音機を設置した。
時間は午後五時ちょうど。
誰もいないはずの教室に、再び出席を取る声が響いた。
「つじ……」
「……」
「つじ……いますか?」
「……」
その瞬間、録音機の電源が切れ、
中にあった記録データも、その一行だけを残して破損していた。
俺は報告書にこう記した。
「旧校舎内、特定教室にて時刻固定型音声現象を確認」
「対象クラス名は現行編成に存在せず、過去記録との齟齬あり」
「出席者の返答音声、複数確認。外部発声源不明」
「“未返答”に対する干渉反応あり。データ破損等、感応型の兆候」
「想起・共鳴により存在が活性化する恐れ。封鎖措置を優先推奨」
俺は扉の前に紙札を貼った。
そこにはこう記した。
「授業は終了しました。全員、帰宅済みです」
教師にも協力を依頼し、以降、午後五時に扉の前に立たないことを指導。
録音は続けているが、声は徐々に弱くなっていった。
名前を呼ばれることは、誰かに“今ここにいる”と確認されること。
でも、呼ばれた名前に返事をしてしまえば――
“こちら”の世界と“あちら”の境界は、あやふやになる。
返事をするだけで、“つながってしまう”ことがある。
それが誰の声であれ、
呼ばれたくない場所からの呼びかけには、返事をしない勇気も必要なのだ。




