第三十二話「この先、右ですか?」
知らない町で誰かに道を尋ねられたとき、
それが夢の中だったら――
あなたは、返事をしますか?
「ここ数週間、同じ夢を見続けています。
夢の中で僕は見知らぬ町にいて、決まって“誰かに道を尋ねられる”んです。
それだけなら気にしません。でも……現実の街で、実際にその道に出くわしたんです」
依頼人は、都内の営業職に勤める30代のサラリーマン。
“夢と現実が一致し始めている”と感じ、相談に来た。
夢の内容はこうだ――
夕暮れ時の路地、知らない町の曲がり角。
背後から声がかかる。
>「すみません、この先、右ですか?」
依頼人が振り返ると、そこに立っているのは顔の見えない人影。
声は柔らかいが、妙に耳に残る。
数日前、仕事で訪れた下町の古い商店街。
道に迷っていた依頼人がふと曲がった角――
そこは、夢で何度も立っていた場所だった。
同じ路地、同じ街灯、同じ夕暮れの色。
その瞬間、後ろから声がした。
>「すみません、この先、右ですか?」
依頼人は恐怖で振り返ることができず、足早に立ち去ったという。
俺はその“夢の中の風景”の特徴を聞き出し、場所の同定を行った。
結果、その地点から数百メートル先に20年前の未解決事件現場が存在していた。
夜間、若い女性が行方不明となり、数日後、神社の裏手で遺体で発見。
未だ犯人は不明。通報のきっかけとなったのは、**近隣住民の“夢の中の声”**だったという。
夢の“あの声”に導かれた人間が、何人もいる。
中には事件と関係のない子供までもが、夢で道を聞かれたと証言していた。
その全員がこう言っている。
**「聞かれても、絶対に答えてはいけない気がした」**と。
俺は依頼人に問うた。
「夢の中で、あなたは“答えましたか?”」
依頼人は震えながらうなずいた。
>「……一度だけ、“はい、右ですよ”って……
言った夜に、起きたら玄関の鍵が開いてたんです。
外は雨で、土間に濡れた足跡がひとつ……」
俺は報告書にこう記した。
「当該対象が繰り返し見る夢は、既存の未解決事件の現場と一致」
「夢内での対話により、何らかの干渉・招き現象が発生した可能性あり」
「“道を聞かれる”という形式は、対象の選別・誘導を目的とした構造」
「物理的被害なしも、心理的影響大。引き続き観察・封鎖措置を推奨」
依頼人には夢の中で絶対に返事をしないこと、
就寝前に塩を枕元に置くこと、
そして“夢の中で立ち止まらず歩き続けること”を指示した。
それ以来、夢の頻度は減ったという。
だが、時折、すれ違いざまに耳元で「右だよ」と囁く声を感じることがある、と彼は言った。
夢とは無防備な意識の裏口。
そこに道を尋ねてくる何かは、
こちらが“現実の扉”を開けてくれるのを待っているのかもしれない。
道を教えるという行為は、
誰かを“目的地”へ導くこと。
だが、それが“戻れない場所”への案内だったとしたら――?
夢の中だからこそ、気をつけなければならない“質問”がある。




