第三十話「三回、返事がない」
ノックの音には、“応答を期待する意志”がある。
でも、すべてのノックに返事をする必要はない。
特にそれが、“どこからか分からない音”であるならば。
「毎晩、同じ時間に“引き出しの中からノック音”がするんです。
しかも、一回、間を置いて二回――毎晩きっちり、三回なんです」
依頼者は、古本屋の店主。
住居兼店舗の2階にある和室の箪笥、その最下段の引き出しだけがガムテープで封印されていた。
先代の店主(依頼者の祖父)は、生前「絶対に開けるな」と言っていたそうだ。
そして亡くなってから三日目の晩、初めて“ノック音”が始まった。
引き出しは空けていない。
でも、内側から小さく“コン……コン、コン”と音がする。
まるで、そこに何かが閉じ込められていて、返事を求めているようだった。
俺は夜、依頼人と共にその和室に待機した。
23時32分。
まるで時計仕掛けのように、その時刻になると音が鳴った。
コン……(2秒)……コン、コン
音ははっきりしていた。硬質な木を小さく叩くような音。
俺が録音を確認している間にも、依頼人は顔を青くして呟いた。
>「子供のころ、聞いたことがあります……。
あの引き出しの前で、祖父が何かに向かって“黙っておれ”って言ってたのを……」
俺は箪笥の製造元を調べ、古い職人記録にたどり着いた。
昭和40年代、京都の民俗収集家が依頼した特注品で、“隠し箱”を仕込んだ造りになっていた。
つまり、通常の引き出しの奥に、もう一層の“空間”がある。
開かずの引き出しの中には、まだ何かがあるということだ。
俺は引き出しの封を解き、慎重に引き抜いた。
奥には板が張られ、釘で封じられていたが、
その隙間からは、うっすらと檜の香と古紙の匂いが漂っていた。
板を外すと、中には小さな布袋と一枚の紙が入っていた。
袋の中身は、人形の首だけだった。
顔は削れており、目の部分には赤い絹糸が何重にも巻かれている。
そして紙には、達筆でこう記されていた。
「この子は返事を待っている
声をかけてはいけない
名を呼んではいけない
三度目の音が合図
返せば ここに来る」
俺は報告書にこう記した。
「対象箪笥の内部に封印物と注意文書を確認」
「ノック音は固定された時間、固定された回数にて出現」
「存在は“応答を得ること”により顕現・接触段階に移行する恐れ」
「被害未確認。封印の解除は最小限とし、再施封・除念を優先」
「応答行為の完全禁止を依頼者に厳重指導済み」
俺は布袋ごと、専門の供養士に引き渡した。
引き出しは再封印し、今後も開けないことを依頼人と取り決めた。
以降、ノック音はぴたりと止んだ。
封印とは、過去の誰かが“何かを終わらせようとした証”。
だがそれは、声をかけてしまえば、また始まってしまう。
返事をするという行為は、
それが“人”ではないとき、呼び水になるのだ。
三回目のノック。それが合図だと誰かが書き残したなら。
それは、過去に一度、返してしまった者がいたということ。
返さなかったことが、きっと正解だったのだ。




