第二十九話「仏壇のむこうがわ」
仏壇の前で涙を流したことのある人は多いでしょう。
でも、もしそこから“逆に泣き声が聞こえてきたら”?
それは、まだ終わっていない誰かの後悔かもしれません。
「夜中に、仏壇から“すすり泣く声”が聞こえるんです。
母も僕も、祖父の仏壇に異変があるとは思っていなかったんですが……」
依頼人は、二世帯住宅に暮らす30代の男性。
仏間には祖父の位牌と写真が納められている。
亡くなってからもう15年、特に不審な出来事もなかった。
だがここ最近、深夜2時前後になると、仏壇の扉の奥から“誰かが泣くような声”が聞こえるという。
「声は男の子のようで、でも、はっきりとは聞こえないんです。
……うめくような、諦めたような、そんな音で……」
俺が現地に入ったのは、依頼人の家族が外出していた休日の午後。
仏壇は丁寧に整えられていた。花は新しく、線香立ても清潔。
だが、何かが気になった。写真立ての裏に、うっすらと“何か”が貼られている。
剥がしてみると、そこには小さな紙片があった。
>「ごめん ごめん まいにちごめん」
>「わたしが いうまえに いっちゃった だから わたしが いるね」
文字は、子供のような筆跡だった。
俺はその夜、仏間に録音機を設置した。
深夜2時、確かに、かすれた声が微かに録音されていた。
「……おじいちゃん……ごめん……」
「……言えなかった……ほんとは……」
「……痛かった? さみしかった? ごめん……」
そして最後に、一言だけ。
「……もう、いっていいの……?」
調査の過程で、依頼者の母が一つの事実を語ってくれた。
>「……あの頃、私、まだ小さくて……父が倒れたとき、怖くて逃げてしまったんです。
ほんの数分のあいだに、父は……。
ずっと“助けられたかもしれない”って、自分を責めてきたんです」
そして――
娘が仏壇の前で“ごめんなさい”と毎晩言っていたことを思い出したという。
俺は報告書にこう記した。
「対象物件にて深夜限定の音声現象を確認。内容は謝罪と問答」
「音声の主は家族の未消化感情が仏壇という“記憶の場”を媒介として顕在化したものと推定」
「亡き者の霊的反応ではなく、生者側の精神的投影に近い」
「声は終始無害、慰めを求める意図が読み取れる」
「発話の終息は“許し”と“共有”により可能」
俺は依頼人の母に提案した。
「お父さんが、もし聞いていたら、なんて言うと思いますか?」と。
彼女は答えた。
>「……“お前が元気ならそれでいい”って……そう言う気がします」
その晩、母と依頼者は仏壇に手を合わせた。
何も特別な儀式はなかった。ただ、
**「おじいちゃん、ありがとう」**と声に出して言った。
それ以降、泣き声は一切聞こえなくなったという。
仏壇とは、過去と今をつなぐ装置だ。
だからこそ、未完の思いが留まりやすい。
けれど、声をかけてくれる誰かがいれば――
そこから、過去は“静かに前に進んでいける”のかもしれない。
謝りたいのに謝れなかった言葉。
許したいのに届かなかった想い。
そのすべてが、たった一つの“ごめんなさい”と“ありがとう”でほどけることもあります。
それが、残された者にできる供養なのです。




