第二十四話「最後の通話」
電話という装置は、かつて“繋がり”の象徴でした。
けれど、繋がらなかった声、返されなかった言葉は、
時を超えて、場所に“滞留”することがあります。
「もう10年は前に撤去された電話ボックスなんです。
でも……あの場所に近づくと、“着信音”が聞こえるんですよ」
依頼人は40代の男性、運送業。
問題の場所は、都内の古い団地の裏手にある空き地だった。
そこにはかつて、公衆電話ボックスが設置されていたが、
通信インフラの変化により、2013年に撤去されたという。
だが、その場所に立つと、一定の時間に“ベルの音”が聞こえると。
俺は現地へ足を運んだ。
夜の9時55分。
通報にあった時刻より5分早い。
空き地の一角には、かすかに四角く残る“跡”だけがあった。
それは、電話ボックスの土台部分だった。
そして9時58分――
**カランカラン……**と、
昔ながらのベルの音が、空気の中に響いた。
耳元ではなく、地面から染み出すようなその音は、
確かに“あの場所”から鳴っていた。
俺が調べを進めると、かつてこの電話ボックスを最後まで使っていた人物がいた。
名前は安田絵里子――
団地で暮らしていた独居老人で、息子と離れて暮らしていたという。
最後に記録された通話は、2012年の秋。
内容は不明だが、通話時間は「1分46秒」とだけ残されていた。
翌年、絵里子は病で亡くなった。
亡くなる前夜、隣人に「電話に出てもらえなかった」と漏らしていたらしい。
翌日、俺は空き地に簡易の録音機を設置した。
そして、その“ベル音”が鳴った直後――
微かに女性の声が録音されていた。
「……聞こえる? また今日も出なかったね……」
「大丈夫。怒ってないよ。……でも、ちゃんと声、届けたいな」
「……元気でいてね」
「……じゃあ、また明日……」
ブツッ
録音時間、1分46秒。
彼女が最後に使った通話時間とまったく同じだった。
俺は報告書にこう記した。
「物理的実体が存在しない場所にて、限定時間帯に音声現象を確認」
「音響は過去の通話内容と一致。発信元の霊的存在は“届かない通話”の継続に執着」
「対象の未練は“伝達の成立”ではなく、“声を出し続けること”にあると推定」
「音響発生は穏やかで、害意なし。記録および慰霊処置を推奨」
俺は録音した音声をCDに焼き、
亡き彼女の位牌がある寺に奉納した。
簡素なものでいい、誰かが“聴いた”という事実だけが必要なのだ。
それ以来、“ベルの音”は聞こえなくなったという。
声は、誰かに届かなくても、
残る。
それがたとえ、
もう存在しない電話ボックスからのものでも。
「かける」ことは、「伝えようとする」意志の表れ。
それが一方通行であっても、想いは消えません。
この話は、“届かなかった声”が、ようやく誰かに聴いてもらえた物語です。




