第二十三話「音のない練習曲」
音楽は、記録にもなれば、遺言にもなりえます。
音として残らなくても、誰かがその続きを感じ取れれば、
“未完の想い”もようやく届くのかもしれません。
「夜になると、誰もいない教室からピアノの音がするんです」
依頼主は町の音楽教室で働く女性講師。
建物は築30年以上、2階建て。1階がロビー兼受付、2階が個室の練習室となっている。
問題の部屋は201号室――古いグランドピアノが一台置かれているだけの練習室。
数か月前から、深夜になると誰もいないはずのその部屋から音が聞こえるようになった。
しかも、その旋律はいつも同じ一曲。
古い練習曲のようで、始まりもしっかりしているが、途中で必ず止まる。
その止まり方は、まるで“思い出せなくなっている”ような、引っかかったような音。
俺は夜中、教室に隠れて様子をうかがった。
午前1時12分――
無人の201号室から、確かに鍵盤を叩く音が聞こえた。
それは録音ではない。
明らかに生音で、しかも、練習中のようにリズムが少しずつ揺れている。
廊下に設置された防犯カメラには、部屋に誰も出入りしていないのが記録されていた。
ピアノは戦後すぐに購入されたもので、
以前は個人の音楽教師が愛用していたという。
その教師は十数年前に亡くなっているが、
彼女の旧生徒からこんな話を聞くことができた。
「先生ね、最後まで同じ曲ばかり弾いてたんですよ。
なんでも、子どもの頃に作った曲なんだとか。楽譜もなくて、耳コピで残してたって」
「でも、中間部分だけ思い出せないって、いつも悔しがってた。
『あと一小節で完成なのに』って」
俺はピアノの中を調べた。
すると、鍵盤下のフェルトの裏側に、小さな紙片がはさまっていた。
それは、音符でなく――文字だった。
>「ちがう。ちがう。ちがう。
またわすれた。
でも わすれたままじゃ おわらせたくない」
「だれか つづきを おしえて」
俺は報告書にこう記した。
「当該物件にて時間帯限定の音響現象を確認」
「電子機器による再生ではなく、内部共鳴を伴う“自律演奏”」
「演奏楽曲は未記録のオリジナル曲。構成不完全」
「過去の所有者が“未完の旋律”に執着していた記録あり」
「現象は『記憶の再現』と『他者への継承要求』の複合によるものと推定」
俺は音楽家の協力を得て、紙片に記された断片をもとに、
旋律の“つづき”を一節だけ書き加えた楽譜をピアノに置いた。
その夜から、ピアノの音は一度だけ完全に最後まで演奏された。
それ以降、二度と音は鳴らなかった。
旋律は、記憶の中の声だ。
伝えたかったこと、思い出せなかったこと。
それらが、誰かの指を借りてようやく“終われる”。
忘れられた曲にも、聴いてくれる誰かがいれば、最後の一音は鳴るのだ。
もし、誰もいない場所で音が鳴ったら、
それは“残された練習”かもしれません。
聞くことは、受け取ること。
そして、受け継ぐことでもあります。




