第十七話「黒焔草(こくえんそう)」
焼け跡というのは、すべてが終わった場所ではなく、
“燃えてしまったものの名残”が静かに留まり続ける場所です。
そこに咲いた花が、誰かの声や痛みを記憶していたとしたら――
それは、供養か、あるいは未練か。
「火事の跡地にだけ咲くんです。黒い花が、毎年、同じ形で」
依頼者は、郊外の住宅地にある土地の管理者だった。
そこは十年前に全焼した民家の跡地で、今は更地として保管されている。
建物は家族4人が住んでいたが、母親ひとりが中で焼死。
事故として処理されたが、出火原因は不明のままだった。
そして、その焼け跡に、毎年決まって7月5日になると、
どこにも記録のない、黒い花が群生するという。
現場は静まり返った空き地だった。
だが、土の色が異様に濃く、まるで地面が焼け続けているかのように温かい。
その中央に、俺は見た。
黒紫色の、細い花弁。
まるで煤をかたどったような質感の、名もなき花が咲いていた。
不思議なことに、植物学のデータベースに一致する種はなかった。
俺は地元住民から話を聞いた。
火事の晩、焼け落ちる屋根の隙間から、誰かの歌声が聞こえていたという。
それは、子守唄のようでもあり、
嘆きのようでもあった、と。
焼死した母親――柚木弥生は、精神を病んでいたとされていた。
夫は過労死、息子は家出中で、
彼女は当時、ひとり娘と2人で暮らしていた。
だが、火事の後、その娘も失踪している。
「母親とともに焼死した」と言われながら、遺体は確認されていなかったのだ。
俺は現場の土を一部採取し、成分を調べた。
土壌には極微量の人間の歯と髪の燃えカスが混じっていた。
そしてその一部には、通常では考えられないほど高密度の“灰”が凝縮されていた。
しかも、その灰の断面を電子顕微鏡で見ると――
“花びら”の形をしていた。
つまり、花は焼けた“誰か”の灰からできているのかもしれない。
俺は報告書にこう記した。
「焼失跡地にのみ発生する植物性構造物=黒焔草を確認」
「既知の植物に該当なし。生物反応なし。光合成の兆候なし」
「土壌より、人間由来の成分が検出。遺体の残滓と推定」
「物理的植物というより、意志や記憶が“花”の形式で顕現している可能性」
「開花日は死亡者の命日と一致」
翌朝、現場に再び訪れた。
黒焔草はすべて消えていた。
ただ、空き地の一角にだけ**“子ども用のサンダル”の跡**が残っていた。
その足跡は、花が咲いていた中央に向かって――そして、そこからどこにも続いていなかった。
花は、燃えても咲く。
咲いて、消えて、また燃える。
まるで、ここにいたことを何度でも伝えるかのように。
それが記憶なら、
――忘れられないほうが、ずっと苦しい。
死して灰になっても、
心が燃え尽きたとは限らない。
誰にも気づかれずに咲いた花は、
人の目に触れることで“物語”になる。
その花を、今年もまた誰かが見る限り――
そこにいた誰かは、まだ終わっていないのかもしれない。




