第十四話「シャッターの隙間」
“写る”という行為には、思った以上に“つながる”という意味が含まれています。
写真や映像を通して“現れる存在”は、もはや怪異ではなく“記録媒体そのもの”になりつつある。
そんな恐怖を描いた一編です。
「撮るたびに、誰かが写ってるんです。私の後ろに」
依頼者は、都内の大学に通う女子学生だった。
最初は気づかなかったという。
スマートフォンの写真を整理していたとき、違和感を覚えた。
どの写真にも、“同じ女”が写っていた。
角度も場所もバラバラなのに、女の姿だけが変わらない。
黒髪ロングで、顔はうつむき、
――ただ、少しずつこちらを向いてきているという。
「3週間前に気づいたんですけど、
最近は、夢にも出てくるようになって……」
女は何も喋らず、ただこちらを見ている。
夢の中でも現実でも、“背後にいる”。
俺は依頼者のスマホにあるすべての画像データを確認した。
最も古い記録は、1年半前。
旅行先、部屋、カフェ、公園、どこにも同じ高さで女の頭部が一部だけ写っている。
加工、合成の痕跡はなし。
EXIFデータも改竄されていない。
ある写真に注目した。
鏡越しの自撮り写真。
女の姿は、依頼者の背後に“写って”いた。
だが鏡には、依頼者しか映っていなかった。
つまり、カメラの中にだけ存在する何かだ。
俺は女に心当たりがないか聞いた。
すると彼女は思い出したように、こう言った。
「高校のとき、変な掲示板に投稿したことがあって……
“このスレに写真を貼ると、身代わりができる”って書いてあったんです。
冗談のつもりで、自撮り写真を貼りました」
その掲示板は、すでに閉鎖されていた。
だが、ネットアーカイブを調べると断片的にログが残っていた。
そこにあったのは、確かに依頼者の写真。
ただし、その数日後に投稿された別の写真には、
彼女の背後に“あの女”の姿が、はっきり写っていた。
「身代わり」の対象は、写真を通して現れる。
俺は報告書にこう記した。
「被写体の背後に同一の人物が写る現象を確認」
「過去の匿名掲示板への画像投稿を契機に“映る何か”が接触」
「実体はなく、電子媒体に限定した“寄生型の視認霊”と推定」
「撮影を続けるほど、対象との距離が縮まり、夢や視覚へと侵食」
「最後には、記録と現実の境界を消失させる恐れあり」
俺は依頼者に、すべての画像データの削除と、新端末への変更を勧めた。
クラウドバックアップも全削除。
物理メディアにも“写っているもの”がないかを確認した。
数日後、彼女から連絡が入った。
「全部消しました。
でも……カメラアプリを開くと、
プレビューにだけ、後ろに“白い顔”が見えるんです」
俺は、彼女の背後を写した一枚の画像を保存して、封印処理にかけた。
そのファイルのプロパティには、なぜかこう表示されていた。
作成者:あなた
更新日時:明日
鏡に映らず、記憶にも残らない。
けれど、画像には確実に残る存在。
あなたが何気なく撮った写真にも、
“誰か”が入り込んでいないと――
どうして言い切れますか?




