第百二十八話「踊る家」
家もまた、何かを記憶する。
そこにいた人々の、足音や笑い声や、
最後の拍手すらも。
依頼者は若い夫婦。
郊外に建てた念願のマイホームに引っ越して一ヶ月。
しかし、ある晩を境に異変が起こり始めた。
「夜になると、床が軋む音がするんです。
誰も歩いていないのに、あっちからこっちへ――まるで“ステップ”のような……」
さらに奇妙なのは、家具の位置が微妙に変わることだった。
「テーブルの向きがズレてたり、椅子がひとつ壁際に寄ってたり……
まるで、部屋の中で“誰かが何かの振り付け”をしているみたいで」
現地を訪れた俺は、夜半にリビングに座り、部屋を観察した。
時計が午前2時を回ったころだった。
天井から、きしむ音。
続いて、床の鳴りがゆっくりと、リズムを刻み始める。
コ、コッ……コ、コッ、コ、コココ――
それは、まるでタップダンスのように軽やかで、整っていた。
家具もわずかに揺れていた。
イスが、無音で90度だけ回転した。
だが、誰もいない。
風もない。
それなのに、部屋は踊っていた。
家の設計図を確認すると、
この土地にはかつて、小さな劇場が建っていたことがわかった。
戦前から戦後にかけて栄えた「桜座」という劇団の専用舞台。
だが、火災で焼け落ち、死者が出ていた。
「あの晩、舞台の上で踊っていたのが、座長だったんだよ。
逃げずに最後まで、ステップを刻み続けてたって話だ」
俺は深夜、床に白墨でステージマークを描き、
そこに古いクラシックレコードを置いた。
針を落とすと――誰もいないのに、
イスが、そっとくるりと回った。
空気が一瞬だけ静まり、
リビングの空間そのものが、一礼したように感じた。
翌朝から、異変はぴたりと止まった。
たぶん、あの家が欲しかったのは――
もう一度だけ、幕を閉じることだったのだろう。
次回・第129話「消えた通学路」では、
毎朝通っていた小学生の通学路が、ある朝忽然と消えた。
歩き慣れたはずの道が、どこにも繋がっていない迷路になっていた――。




