第百二十四話「鏡の中のまばたき」
鏡は、ただの反射ではない。
“もうひとつの窓”になることがある。
依頼者は都内の大学に通う女子学生・小宮。
ある日、朝の洗面所でふと鏡を見たとき、こう感じたという。
「まばたきしたら……鏡の中の私が、少しだけ遅れてまばたきしたんです。
でも、たまたまじゃなくて、それが何度も続いてるんです」
鏡の不調か、本人の疲労か。
だが、小宮は続けてこう言った。
「ある晩、鏡の中の私が……笑ったんです。
私は笑ってなかったのに」
俺は彼女の部屋を訪ねた。
ワンルームの静かな部屋、洗面台の上に大きな鏡。
古いアパートで、鏡もかなり年季が入っている。
夜、彼女と並んで鏡を見た。
20分……30分……
その間、異変はなかった。
だが、彼女が席を外した瞬間だった。
鏡の中の“彼女”が、まだ立っていた。
ほんの一瞬のずれ――
いや、それは完全に“別の存在”が鏡の中にいる感覚だった。
小宮の話をさらに聞くと、
ここ数日、夢の中で鏡の“向こう側”に引きずられる感覚があるという。
その夢で、いつも同じ言葉を聞くらしい。
「こっちは自由だよ。変わって。代わって。
私が“そっち”に行くから」
鏡を調べると、裏面にお札の痕跡が残っていた。
はがされた直後のような跡。
管理会社に確認すると、前の住人が**“鏡を直視できなくなった”**という理由で退去していたことが判明した。
これは“合わせ鏡の呪”に類する現象だと俺は判断した。
本来の自分の映像が“もう一人の存在”として分離し、
それが意識を持ち始める。
放置すれば、鏡の中の存在が主導権を奪い、
“外側”と“入れ替わる”。
俺は、小宮にこう告げた。
「この鏡はもう使うな。
向こうの“自分”が、そっちに行きたがってる」
その夜、俺は鏡の前で最後の儀式を行った。
白布で鏡を覆い、四隅に塩を置き、
最後に言葉を投げかけた。
「“お前”は、お前ではない。
映っていたのは、忘れ去られた“何か”だ」
翌朝、鏡の布を外すと――
どこか曇ったようだった“映り”が、すっきりと戻っていた。
そしてそれ以来、鏡は正確な自分しか映さなくなった。
次回・第125話「眠らぬ子ども」では、
深夜になると隣室の赤ん坊が泣き止まず、
午前3時ちょうどになると、笑い出す。
だが、その部屋には“赤ん坊などいなかった”。




