第百二十話「狐面の参列者」
死は、いつも静かに順番を数える。
だが、愛は時に――その順番すらも、覆す。
その姿を見たのは、喪主の女性だった。
夫を亡くし、静かに火葬の時を待っていたとき――
斎場の隅に、白い狐の面をつけた和装の人物が立っていたという。
「声をかけようとしたんです。でも、何も言えなくて……
その人、祭壇の前で一礼してから、いつの間にかいなくなっていて」
その話を聞いたとき、俺は即座に背筋が冷えた。
狐面、そして“次の死を告げる”という噂――
それは、この界隈で古くから伝わる“送り狐”の風習に酷似していた。
依頼者は喪主の妹。
「姉が狐面を見てから体調を崩し、うわごとで“次は私だ”と繰り返している」と語った。
俺は、火葬場と斎場の監視カメラを確認したが、
その狐面の人物は、一切映っていなかった。
しかし、ある一点で不自然な現象が記録されていた。
炉前の扉が、一瞬だけ自動で開閉していたのだ。
何者かが、見えぬ形で立ち入った痕跡。
さらに調査を進めると、
過去10年の葬儀記録のうち、同じような目撃情報が3件あった。
いずれも、狐面を見た数日以内に、別の家族が亡くなっていた。
俺は、かつて葬儀社で勤めていた老人を訪ねた。
彼は語った。
「あれは“順番”を告げにくる。
次に逝く者に、“知らせ”を届けるために。
ただし、まれに“順番を変える”こともある――
その人が、誰かの死を“肩代わり”したときだけな」
俺は再び斎場へ向かい、
狐面が現れた時刻と同じ時間に、祭壇の前で立った。
そこで俺は、亡き夫の棺の中に、
何者かの指跡が付いた紙の切れ端を見つけた。
裏にはこう書かれていた。
「つぎは おまえの かわりに
わたしが いく」
狐面は――**夫が最期に残した“遺志の化身”**だったのかもしれない。
妻を喪いで連れて行かないために、
彼は“送り役”としてその姿をまとい、順番を変えたのだ。
数日後、妻の体調は嘘のように快復した。
だが斎場の管理記録に、こう書き足されていた。
「○月○日 夜9時、火葬炉内に“人影反応”あり。詳細不明」
次回・第121話「壁を這う女」では、
集合住宅の3階から、夜な夜な響く“壁をひっかく音”。
それは、上でも下でもなく――横から聞こえてくる。




