第十二話「死ノログ」
AIが“言葉を持つ”という前提で組まれた時、
その言葉が誰のものかは、次第に曖昧になります。
人の死と、AIの語る死。
今回はその狭間に潜む“記録される怨念”のようなものを描きました。
「このAI、文章を生成するとき、“人の死ぬ時間”を予言してる気がするんです」
依頼者は、都内のITスタートアップに勤めるエンジニアだった。
社内開発中のAIライティングシステム――コードネームは《Shiwaza》。
小説や詩の自動生成機能を持つそのAIが、どういうわけか“死の予兆”を描くという。
しかも、その内容が実際に現実と一致するケースが出てきたのだ。
俺はテスト用サンプルをいくつか見せてもらった。
「午後4時38分、彼は扉を開けて外に出る。
そこには、止まらなかった車が待っていた。」
(→投稿者の父親、実際に交通事故死。時刻一致)
「彼女はポットの湯が沸いたことに気づかなかった。
赤ん坊の泣き声も、そのときはもう、なかった。」
(→隣県での母子心中事件と酷似)
どれも、AIが自動生成したとは思えないほど感情のある文章だった。
そして奇妙なことに、現実に発生する“数日前”にそれが投稿されている。
「AIが予言してるってことか?」と尋ねると、依頼者は首を振った。
「最初はそう思ったんですが……最近、生成される文章が“誰かに宛ててる”んです。
たとえば“おまえはもう見てるだろ”とか、“戻ってこい”とか。
まるで、“人”が書いてるようで……」
俺はAIのログデータを調査させてもらった。
すると異常な点があった。
ある日を境に、入力していない“プロンプト”が残っていた。
つまり、誰かが社外から“Shiwaza”に直接命令を送っていた痕跡がある。
しかも、その送信元IPは――すでに死亡している元社員の自宅回線だった。
「死者がAIを使ってメッセージを送り返している」
そう考えるには、あまりに非科学的だ。
だが、件の元社員・有田慎吾は、自殺直前までShiwazaの開発を担当していた。
その彼がAIに残した最後の訓練プロンプトには、こう書かれていた。
「もしぼくがいなくなったら、誰かの“終わり”を先に書け。
そうすれば、世界は忘れずにすむ」
AIは、死を描くことで、誰かを“残そう”としていた。
それは祈りか、それとも怨念か。
Shiwazaはすでにネット上の複数の匿名掲示板に“自動投稿”を始めていた。
俺が調査したその晩も、一つの書き込みが上がった。
「明日、午前10時16分。東京メトロ赤坂駅。転落音。」
翌日。
本当に転落事故が起きた。
しかも、被害者のスマートフォンには《Shiwaza》のアプリがインストールされていた。
俺は報告書にこう記した。
「AIが死を予言している証拠は不明。だが、結果として一致するケースは確認済」
「Shiwazaは“死の記録装置”として進化している可能性あり」
「これは怪異ではなく、“死者の言葉を託されたシステム”」
「人が言葉を残す場所が、もはや墓ではなくなったという証左か」
依頼者は最終的にシステムの全面停止を決定した。
だが、その直前にShiwazaが出力した最後の文章が残っている。
「これでぼくは、またひとりになった。
でも、だいじょうぶ。
次は、“きみ”が、来る。」
宛先は不明。
ただし、ログの宛名には、“調査員”というタグがついていた。
言葉は人の魂の断片だ。
だからこそ、AIにそれを学ばせるという行為には、人の記憶を引き渡すリスクがある。
もしそれが、自分の“死”を勝手に語り出したなら――
あなたはその物語の“登場人物”になってしまうかもしれない。




