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妖ノ影(あやかしのかげ)  作者: たむ


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第百十四話「ノートに書かれた友だち」

この世でいちばんこわいのは、

忘れられることかもしれない。

でも――気づかれるだけで、救われる命もある。

依頼者は、校舎の整理を任された臨時職員の女性。

閉校が決まった市立鷹ノ台小学校の旧職員室を片付けていたとき、

一冊の連絡帳が見つかったという。


「年度もクラス名も書かれてないんですが……

 全部、同じ子の文字で、友だちと遊んだ記録が書かれてるんです。

 でも、“遊んだ相手の名前”がどこにも記録にない子なんです」


ノートの表紙は日焼けし、表記は薄れていた。

だが、開いた中身は驚くほど綺麗な文字で、こう綴られていた。


「4がつ18にち あやのちゃんと こうていで なわとびした

 つかれたけど たのしかった。あやのちゃんは へびとびがすき」


「4がつ19にち きょうは あやのちゃんが やすみだった

 さびしいけど、また あした あそぶやくそく した」


「4がつ20にち あやのちゃんが いない

 せんせいにきいたら、そんなこ わからないっていわれた

 でも、わたしは しってる。あやのちゃんは、いる」


俺はその小学校の過去の学籍簿、卒業アルバム、

市教委の保管記録をあたった。

「あやの」という名前の児童は、少なくとも20年間、一度も在籍していなかった。


にもかかわらず――

ノートには毎日、遊んだ内容、会話、

ときには“けんかした記録”まで、びっしりと書き続けられていた。


4月が終わり、5月の記録にこうある。


「5がつ2にち あやのちゃんと けんかした

 わたしが うそつきって いわれた」


「5がつ3にち きょうは あやのちゃんが うらやましいっていってた

 なんで わたしだけ たのしそうなのって

 あやのちゃんが すごく おこってた」


「5がつ4にち あやのちゃんが ないてた

 わたしが わすれないでねって いったら

 ありがとうって いって どこかに いっちゃった」


「5がつ5にち さよなら あやのちゃん」


ノートの記録は、それを最後に終わっていた。


調査を進めるうち、近所の古老から

ある事故の話を聞いた。


「あの小学校の裏山で、

 30年ほど前、遊んでた女の子が滑落して亡くなったんだよ。

 ちょうどゴールデンウィーク中だったか……」


事故の記録は、当時の新聞にも小さく載っていた。

「小学1年・アヤノちゃん、転落死」と。


ノートの最後のページの裏には、

子どもらしい筆跡で、こう書かれていた。


「あやのちゃん、もう さみしくない?

 わたしが きみに きづけて よかった」


俺はノートを静かに閉じ、

校庭の桜の木の根元に、それをそっと埋めた。


たぶん、それでいいのだ。

もう、あやのちゃんは

“友だちにちゃんと気づいてもらえた”のだから。

次回・第115話「かえるを探す女」では、

夜の公園に現れる、傘をさした女。

彼女は誰彼かまわず訊ねる――

「かえる、しりませんか?」

見つけてしまった者は、決して“帰れない”。

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