第百四話「終電ホームの案内人」
帰る場所とは、
“今いる場所が現実かどうか”ではなく、
想いがたどり着けるかどうかだ。
依頼者は、都内で働くタクシー運転手の男。
夜勤の最中、同僚たちの間で妙な噂が流れ始めたという。
「最近、終電を逃した客が減ってるんです。
でも、駅前には人が立ってる。
変なのは、“あの人に案内された”って、
皆が同じように言うんですよ」
白いスーツ、白い手袋、顔はやけにぼやけて見える。
その人物は、誰にでも同じセリフを言う。
「――お帰りの電車は、こちらです」
だが、終電はもうないはずだ。
にもかかわらず、彼に従った人間は、
“どこかに帰った”ような顔で消えていくという。
俺はその駅の深夜0時過ぎ、ホームで待った。
案内板は「終電発車済み」の表示。
構内アナウンスも止まり、構内は静まり返っていた。
そして、0時33分。
ホームの先端に、白い人影が立った。
輪郭がぼやけ、瞳の焦点が定まらない。
彼はすぐそばのベンチにいた女性に話しかけた。
「――お帰りの電車は、こちらです」
彼女は頷き、何の疑問も抱かず、
誰もいない線路側の階段へと歩き出した。
俺が呼び止めようとした時には、もう姿はなかった。
数日後、その女性の足取りを追った。
SNSの投稿記録によれば、彼女は10年前に亡くなった母親の住んでいた町に行き、
空き家の前でこう呟いたらしい。
「やっと、帰れた」
それ以降、更新はない。
あの“案内人”は、帰れなくなった者の記憶に応じて現れる。
電車に乗るのではない。
“想いが向かう場所”へと歩かせるだけ。
だが、その行き先は――
必ずしも現実とは限らない。
俺は最後に、ホームの一番端に立ち、彼を待った。
0時44分。
確かに、俺の前に白いスーツの男が立った。
「――お帰りの電車は、こちらです」
「……帰る場所は、あるのか?」
男は答えず、静かに一礼した。
そのときだけ、彼の顔がはっきり見えた。
それは、俺の父に似た顔だった。
俺はそのまま、線路へは進まなかった。
だが、振り返ったとき、
白い案内人はもうどこにもいなかった。
次回・第105話「手招くアパート」では、
取り壊し予定のアパートに、夜な夜な誰かが灯りを点けているという。
しかも、その部屋に入ろうとした者はみな、
“見知らぬ記憶”を語り始める。




