第百話「終の目撃者」
すべての事件の裏に、
何かが“見ていた”。
そして最後に、
それは“見られた”。
俺は、霧島という探偵を知っている。
口数は少なく、目だけが鋭い男だ。
いつもどこか、影を背負っていた。
そして――俺のことをずっと追っていた。
事件のすべてに、“俺”がいたと気づいたのは、
やつが99件目の事件を終えた後だった。
あの日、俺はいつもと同じように
誰かの背後に潜んでいた。
姿形はない。ただ、“気配”としているだけだ。
女が鏡に映った“自分じゃない何か”を見たとき。
少年が夜の廊下で“足音だけ”を聞いたとき。
俺はそこにいた。
だが、決して見つからなかった。
なぜなら俺は、
**「見ようとする者の目にしか映らない妖」**だからだ。
霧島は、最初から何かがおかしかった。
他の人間と違って、“視てはいけないもの”を見る目をしていた。
そして今日、やつは俺を見た。
初めて、真正面から。
「あんた……最初から全部に、いたんだな」
そう呟いて、やつは手帳を閉じた。
やつは一度も俺に問い詰めたりしなかった。
ただ、静かに、こう言ったのだ。
「次で、百件目だ。
それが最後の事件になる。……お前も、それを知ってるんだろ?」
俺は、笑った。
ええ、もちろん。
俺は、“最後の目撃者”を演じる準備を、ずっとしていた。
夜。
霧島の事務所の窓に、俺は立った。
姿は映らない。
でも彼は気づいた。
「いるな」
そう呟いて、霧島は机の引き出しから古い写真を取り出した。
そこに写るのは、少年時代の霧島と、その背後に立つ“誰かの影”。
「――あれは、お前か」
俺はそのときからずっといた。
霧島が初めて“死体”を見た日。
霧島が“妖”という存在に興味を持ち始めた日。
霧島が“探偵”という職に就いた日。
俺は、彼の目に棲みついた“妖”だった。
「お前がいたから、俺は見えたんだな。
お前がいたから、俺は探せたんだ。
……でももう、お前は行っていい」
そう霧島が言った瞬間、
俺は、霧島の瞳の奥で崩れ始めた。
見られたがゆえに、俺は“観察される対象”となり、
“意味”を与えられ、そして、終わった。
最後に俺は、笑った。
何百年と生きて、初めて“見つけてくれた人間”がいたことが――
なんだか、少しだけ嬉しかったのだ。
俺は、もういない。
翌朝、霧島は最後の事件の報告書を仕上げた。
タイトルには、こう記されていた。
『第100事件:観察者ノ影』
報告書には、こう締められていた。
「最後の事件は、俺自身だった」
次回・第101話「黒犬の交差点」では、
都市伝説となった“黒い犬”が現れる交差点を調査。
そこを横切った人間は、自分が“いつか通った過去の道”に戻される。
――霧島が最後に“通りたくなかった道”とは?




