第十話「よるのえほん」
「読んではいけない絵本」は、よくある怪談の形ですが、
今回はその“読み手”に応じて本の中身が変化する存在として描いてみました。
子どもしか知らない、夜だけ開く異界への“窓”――
それが、絵本という形式を取っているとしたら?
「この絵本を読んだ子どもは、いなくなるんです……」
依頼者は小学校教諭の女性だった。
ここ半年で、同じクラスの児童が3人行方不明になっているという。
学校側は事件性を否定していたが、彼女だけがある共通点に気づいていた。
――いずれの児童も、直前に**「夜の絵本を読んだ」と口にしていた。**
その“夜の絵本”は、児童の間でこっそり回されているという。
表紙にはタイトルがない。
ただ、黒地に笑う顔だけが一つ描かれている。
「読んでると、後ろに誰か立ってる気がする」
「声がしてくる。『はやくこっちにおいで』って……」
だが、その絵本は失踪と同時に毎回どこかへ消えてしまうのだという。
俺は児童たちの噂を辿り、ひとりの少年にたどり着いた。
彼は消えた3人のうち2人と親しかった。
声をかけると、彼はポケットから黒い表紙の絵本を取り出した。
「これ……昨日、ロッカーの中にあったんです」
俺は慎重にそれを開いた。
中は、まるで子ども向けのナンセンス絵本のようだった。
《よるのくにへ ようこそ》
《めをとじて くちをひらいて ほら、そとへ》
ページをめくるたび、絵はどんどん歪んでいった。
家の窓からこちらを見ている目だけの子どもたち。
長く伸びる影。
そして、真っ黒なページの真ん中に、ドアの絵。
最後のページにはこう書かれていた。
《ドアをあけると なかまになれる》
《なかまがふえると うれしいな》
《つぎは、きみだよ》
俺はその絵本を持ち帰り、検証のために読み込んだ。
が、何も起きない。
ただ、夜中――
ふと気づくと、机の上に置いたはずの絵本が本棚の隙間に差し込まれていた。
手に取ると、最終ページが一枚、増えていた。
《こんにちは。 きみにあえてうれしいよ》
《つぎは、どこにいる?》
そこには、俺の事務所の外観が描かれていた。
翌朝、絵本は消えていた。
子どもに返した覚えもない。
代わりに、近くの小学校でまたひとり、児童が行方不明になったというニュースが入った。
俺は報告書にこう記した。
「“よるのえほん”に関する実物の証拠は得られず」
「ただし、複数児童の証言および失踪の時系列は一致」
「本は“存在”しているのではなく、読む者に合わせて現れる」
「描かれているのは、世界ではなく“意識下の出口”の可能性あり」
図書館でも国会図書館でも、その絵本の登録記録は一切なかった。
俺は最後に、もう一度だけその少年に話を聞いた。
彼は小さく言った。
「……あの子たち、今、絵本の中で楽しそうでした。
“ぜったい、きちゃダメ”って、笑いながら言ってました」
想像力は、子どもを異界に連れていく。
それは夢であり、現実逃避であり、ときに帰ってこられない旅でもある。
大人には見えない場所に、子どもたちの“本当の声”が隠れている。
その声に気づけなければ、彼らはページの向こうに消える。




