表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖ノ影(あやかしのかげ)  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/128

第一話「雨の音にまぎれて」

妖怪が本当にいるのか?

それとも、それを見てしまう人間の心が恐ろしいのか――。


『妖ノ影』は、古き怪異の影を借りて、人間の内面に潜む闇を照らし出すシリーズです。

第1話のモチーフは「ぬらりひょん」。

本来は“ただの客人のふりをして居座る”ような存在ですが、

現代に現れたその影は、もっと静かで残酷な姿をしていました。

 午後十一時、街の灯りは雨に滲んでいた。

 ネオンサインの裏側に人の心が隠れているなら、それはきっと、ずいぶんと濡れている。


 探偵業なんてものをやってると、時折、足元から“ぬらり”と何かが這い上がってくる。

 目を逸らせば消えるが、見つめ返せば、手遅れってやつだ。


 その夜、事務所に現れたのは、痩せた老婦人だった。黒いレインコートの裾が雨に重くなっていた。


「娘が……“ぬらりひょん”に呼ばれて、夜な夜な外に出るんです」


 ふつうなら精神科を勧める案件だ。

 だがこの仕事を十年やってりゃ、笑えない話もある。

 世の中には、“見えてるほうが正しい”ことも、たまにはある。


 依頼の対象は、老婦人の娘――菊池理沙、二十七歳。

 最近、部屋で誰かと会話をし、夜になると無言で出ていくらしい。

 彼女いわく、「ぬらりひょんが来たから、話をしに行く」と。


 ぬらりひょんね。

 名前だけなら、もう五件目だ。

 だが、どのぬらりも、結局最後は人の手で汚れていた。


 理沙のアパートは郊外の団地の端、人気のない場所にあった。

 夜の十一時半、部屋の灯りが消え、彼女が静かに出ていく。

 傘は持たない。雨は降り続けていた。まるで歓迎するようにな。


 俺は尾行を開始した。

 靴の裏が水を吸い、シャツの背中に雨が染みる。

 女はまっすぐに裏山の竹林へ向かう。何の躊躇もない歩き方だった。


 竹林の中は、昼でも薄暗い。

 夜ともなれば、ほとんど闇だ。

 そんな場所に、理沙は迷いなく進む。やがて、木々の中で立ち止まる。


「……うん。わかった。次は、あの人……?」


 声を発していた。誰かと話している――ように見えた。

 が、そこには誰もいなかった。ただ、雨と風と、竹の軋みだけ。


 俺が一歩踏み出したその瞬間、背後で気配がした。


「……城戸さん」


 聞いたことのない声だが、なぜか名前を呼ばれた気がした。


 振り返ると、そこにいた。


 ――ぬらりひょん。


 光もないのに、姿ははっきりしていた。

 禿げ頭に、旅装束。ぬめるような笑み。足元は、なかった。


「君には見えるのか。ずいぶん前から、俺のことを追ってきたな」


「……あんたは何だ。幽霊か、幻覚か、それとも――」


「“投影”さ。彼女が俺を見ているから、君にも映るだけ。

 本当は、俺なんて、いないのに」


 その声は、雨の音より静かだった。


「人は、自分で選んでいるようで、ほとんど選んでいない。

 彼女は、自分が“命令された”と思いたかった。だから俺を作った。

 都合のいい化け物ってやつだ」


 次の瞬間、霧のようにぬらりひょんは消えた。

 残ったのは、冷たい雨と、竹の影――そして、叫び声。


 理沙は祠の前にいた。

 そしてその足元には、一人の男の遺体が転がっていた。


 死因は、頸椎骨折。殴打か投げ落とされたか。

 男の顔には見覚えがあった。彼女の元恋人――ストーカー気味だったという。


「……ぬらりひょんが言ったの。危ないって。だから私……」


 その呟きは震えていた。罪悪感か、錯乱か、それとも別の何かか。


 だが後日、防犯カメラにはすべて映っていた。

 男を呼び出し、竹林に誘導し、手にしていた石を――


 彼女は、ただの加害者だった。


 ぬらりひょんなんて、どこにもいなかった。

 いや、“いた”のは、彼女の心の底にだけ。


(数日後)


 事務所に戻って報告書を書く。

 俺の仕事は、事件を終わらせることで、誰かを救うことじゃない。


 それでも、彼女が殺したのが「ぬらりひょん」ではなく「人間」だったと証明するのは、

 少しばかり、皮肉だった。


 煙草に火をつける。雨の夜はまだ続いていた。


 人は、闇を見ると、それを“妖怪”のせいにする。

 だがその影を生み出してるのは、いつだって――


 ――人間自身だ。

“妖怪”の名を口にすれば、罪がぼやける。

“幻”に頼れば、責任が溶ける。

でも、法も命も、幻想では動かない。


城戸蓮司という探偵は、そこに淡々と線を引く存在です。

彼にとって妖怪とは、倒すべき怪物ではなく、人の罪が生み出した影絵にすぎない。


それでも、その影がときに“確かにそこにいた”と思えるのは、

人間の闇がそれだけ深く、静かだからでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ